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………………。
…………。
……。
えーと、……オレがここに攫われてから、どれくらいの時間が経った? 連れて来られてからすぐ酒のんで寝たから……約半日か?
「あくまでほんの小さな可能性の話ですわ! それに術の更新期間が二十四時間毎だと判明した訳でもありません!」
「同じ術を施すとしたら、最長でもその時間内である事は確実だよ」
「あくまで理論上のお話ですわ! 私達の術式は完璧には仕上がっていませんもの、奴らの術がもっと長く時間がかかる可能性だって、」
「逆に短い可能性だってある。ボクはその方が高いと思うけどね、完成された物はおおよそ単純で明快な物が多い。術式もそうだ」
「! た、例えそうだとしても、肉体が崩壊する危険性のある術を、勇者様に施すはずがありませんわ!」
「逆だよ、アスベル。このレポートに書かれている密度はボクも初めて見る濃さだ。これだけの密度を持つ術式なら、記憶や肉体に強い影響を及ぼしてもおかしくはない。彼が勇者だから、それ程の術を施されていると考えるのが自然だよ」
「っ! そ、それは、」
「確か他にも異世界から来た人間はいたよね、それも調べれたら良いんだけど」
他にも。
異世界から。
来た人間。
それ?
意味が分らなすぎてほとんど聞き流していたオレだが、聞き捨てならない単語に脳味噌が考える事を再開し始める。
「クライブに連絡してみようか。彼なら血液くらいならすぐ手に入れれそうだし」
「で、ですがギル、昨日の今日ですもの、少し連絡を控えなければ向こうにばれてしまいますわ」
「クライブが反乱軍のスパイだって事がかい?」
「そうですわ、ただでさえ向こうは勇者様が攫われて大騒ぎのはず。そんな最中にこれ以上クライブに動いてもらうのは危険ですわ。連絡だって簡単には取れませんもの」
「騒ぎの混乱に乗じれば容易い事だと思うけどね、ボクは。キミだって簡単に彼の血を採取出来たじゃないか」
採取させてやったんだ、勘違いするな。
オレはベッドから降りる。ベッドのすぐ下の所には履いていた靴があったから、それを履いて立つ。
アスベルははっと、オレを恐れるみたいに数歩オレから下がった。
「……どこかにお出かけかい?」
嫌味な野郎だ。
「別に。つーか閉じ込められたんだろ、オレは。どこにも行けねぇよ」
「そんな事はないさ。アスベルがいる」
水差しを手に取り傾け、グラスにまた水を注ぎながら、ギルベルトは言った。
成程、確かに入ってきたんだから出て行く事も可能か。
「料理もまだこんなに残っている。ある時にはちゃんと食べておくべきだよ、次の食事は保証されてないし」
「ギルっ!」
非難するようなアスベルの声を無視して、ギルベルトはオレにグラスを差し出した。
「キミの身体の事なら多分、大丈夫。まだキミがこっちに来てからは十時間程しか経っていない。まだ猶予はある」
「……それよりもお前、」
グラスを受け取らずに、ギルベルトを真っ直ぐに見据えながらオレは言う。
「広瀬と山崎には手を出してみろ。ただじゃ置かねぇからな」
ギルベルトはすぐには何も言わなかった。代わりにアスベルが答える。
「あの、勇者様……そんな手を出すだなんて。そんな乱暴な事は決していたしません。ただちょっと血を分けて頂けたら……それに検査は他の方達にも必要ですわ。何の説明も受けてらっしゃらないのでしょう? ご自分の身体に何をされたのか、勇者様達は知る権利があります」
そーいや、オレは何をされたんだ?
アスベルに目で問いかけると、何故かアスベルは更に後ろに引き下がった。
「この世界に来る時ってどんな状況だった?」
唐突にギルベルトが尋ねてきた。
こっちの言う事には満足に答えない癖に、良い度胸だ。
「あ?」
目を向けると、ギルベルトはオレに差し出したグラスをテーブルの上に戻して、もう一度、今度は詳しく尋ねてきた。
「この世界に来る時、エレンはどんな術を使ってた? 魔法陣を使った術だと思うけど、どんなのか覚えてるかい?」
ああ、あのイリュージュンか。あんな複雑な模様覚えきれる訳がねぇ。
オレが黙ったまま首を横に振ると、ギルベルトは更に言った。
「キミは今、ボクらが何の言語によって喋ってるか、分る?」
「異世界語」
即答してやる。
クソ女は日本語を喋っていたが、こっちの世界の連中が日本語を話せる訳がねぇ。文字が全く違う。単純に世界を渡ったから、なんかそういう魔法かなんかが――ああ、そうか、それがこれなのか。てっきり自動的にかかったかと思っていたが、そうじゃねぇのか。
オレの答えを聞くと、ギルベルトはにやりと、小さくだが笑みを浮かべた。
「正解。なかなか勘が鋭いね、勘が鋭い事は良いことだよ。良い研究者になれる」
「そりゃどーも」
「言語や文字の記憶を刻む術なら、ボク達でも可能なんだ」
オレの素っ気ない返答を全く気にする事なく、ギルベルトは続けた。
「何例か実験済で、その後の経過も順調。術としては三日くらいかかるかな? 個体の成長度合いにも依るんだけど、最短で一日、最長でも四日はかかった。キミはこっちに来て一週間以上はもう経つよね? それでもまだキミにかけられている術は完成していない、言語と文字以上の記憶が、まだキミの肉体に刻み続けられている」
そこで一旦、ギルベルトは言葉を切った。
そしてゆらりと立ち上がり、オレの前に立ち、真っ直ぐにオレの目を見て言った。
「ボクは、その記憶が見たい」
射貫かれる。
そのあまりの真剣さに、オレは言葉を失う。
怖い。
なんだってやりそうな目をしている、目的の為ならばなんだって。それ以外の事は全く眼中にない。軽くイっちゃってる目だ。
「その記憶は、恐らくは――」
ギルベルトはそれ以上声に出さなかった。
代わりに疲れ切った様子で、また椅子に座り直した。
なんなんだお前はっ!?
喉元まででた突っ込みを、オレは何故か言えなかった。それどころか次にギルベルトが何か言い出すんじゃないかと、違う、オレはギルベルトの言葉を待った。いつの間にか部屋の隅に移動して小さくなっているアスベルと同じように、ギルベルトの指示を待ったんだ。
「……いつまでもこうしている訳にはいかないね。向こうの出方を待ってからにしようかと思ってたけど、もういいや。アスベル、キミは彼を連れて一度地下に潜るんだ。彼の安全が第一だからね。向こうがどう考えるか分らないけど、ボクはとりあえずこのレポートの結果を元に会議を開くから、それまで彼を守るんだ。過激派の連中に気をつけて」
過激派ってなんだ!? 反乱軍以上に過激があるのか?
「で、ですがギル、それでは――」
「その必要はないわ」
透き通る涼やかな声。
部屋に光が溢れる。
神々しいとはまさにこの事、光と共に女は現れた。
美人だ、すげー美人。
黄金の髪は雫のように艶やかで豊かにうねり、青い瞳はまさしく蒼天の空。肌は真っ白。神話の女神みたいなワンピースが恐ろしく似合っている。
部屋の真ん中に唐突に現れるその登場シーンといい、そのまま宙に浮かび続けている事といい、まさに女神。
「その子をわたしに預けなさい、大人しく渡しなさい。ごちゃごちゃ言うとぶん殴るわよ!」
だがこの女は、その神々しさ全てを台無しにする台詞を勢いよく吐いた。
ぶん殴る。
何故言うに事かいてぶん殴る? もっと良い言葉あるだろ、滅ぼすとか滅するとか。
「まさかあなたは――!!」
がたんと、大きく音をさせながらギルベルトが立ち上がる。表情こそ変わらないが、驚いているらしい。
なんだ、知り合いか? いや、直接の知り合いじゃなさそうだ。こんな格好してるしな、有名人なんだろう、この女は。
「あ、あなたどうやってここに? 私以外に自由に行き来できるなんて、そんなマグナの持ち主は居ないはず!?」
ん? ギルベルトは知っているようなのに、アスベルは知らないらしい。ひどく動揺している。
女は不敵な笑みを浮かべ、言った。
「女神よ」
そして、全てを見下しながら言う。
「何度も言わせないで。その子を私に預けなさい。ごちゃごちゃ言ってるとぶん殴るわよ?」