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そこの君、異世界なんて行きたかないですよね?  作者: 杉井流 知寄
第三章 ごちゃごちゃ言ってるとぶん殴るわよ?
12/30

 3

 そのあまりにも直球過ぎる物言いに、ますますオレは言葉を失う。

 

 怒っているのかと聞かれれば、少し違う。違うとも。別に怒ってる訳じゃねぇ! 何でオレが怒るんだ? おかしいだろ!?


「……別に、怒ってるんじゃねぇけど、」


「けど?」


「……」


 なんて言えば良い? なんて言葉にすればいいんだこのもやもや!?


 とりあえずオレはグラスの水を口にする。氷が入っていないただの水で、生ぬるくて飲んだ気がしねぇ。もっとキンキンに冷えた水が飲みたいが、ないもんは仕方ねぇな。しかしあっちの神殿の方では冷蔵庫とかあったんだが、ここは違うのか? むしろ変化を好むこっちの方が色々進んでいそうなもんだが……。


「……」


 ギルベルトは無言のままオレに貼ったシールを剥がした。色の変化も何もないが、もう終わったらしい。何を計っていたんだか……あ、オーロラか。波紋ってヤツか。


「……」


「……」


 沈黙が部屋を支配する。


 ギルベルトはオレの言葉を素直に待っているらしい、馬鹿じゃねぇの。つーかコイツは、オレが何か言った所で分かるのか? まあ今のオレには言いたい事も分らんが、だから折角だ、じっくり考えてみようか。沈黙は苦じゃない、全然気にならねぇ。気を使う相手でもねぇしな。向こうもそれがお望みなんだし、考えてみるか。


 グラスの水が空になる。テーブルに置こうとしたら、ギルベルトが水を注いでくれた。


「悪ぃな」


「どういたしまして」


 注がれた水を飲まずにそのままテーブルに置くのは流石に悪い気がして、オレは一口含んだ。


 生ぬるい水だ、まるで今のオレそのもの。 


 ……オレは、なんなんだ?  


 改めて考えてみる。勇者の生まれ変わりらしいが、何故に異世界に勇者とやらは生まれ変わった? それに魂はエネルギー体なんだろ? 生まれ変わりはあり得ねぇとクソ女は言っていた。それにそれに、折角勇者のオレが来たというのに、この世界では今の所変わった事は起こっていない。地震が起きて古代遺跡が発見された話も聞かないし、異常気象も全くない。この世界に来てから奇妙な既視感は覚えるが、まあ、アレだ。ただの思い込み、漫画の読み過ぎっていう線もゼロじゃねぇ。


「しっつれいしまーす!」


 タイミングがいいのか悪いのか。


 沈黙をぶった切るようにアスティは声を張り上げ、入ってきた。


「お待たせしました勇者様! 料理長が腕をふるって作った朝ご飯でーす! ついでにリーダーもどうぞ! どうせまだ食べてないですよねー、そんなんだからそんなんなんですよ」


 どんどんと、荒っぽくアスティは料理をテーブルに並べていく。朝からだっていうのに肉に魚にとてんこ盛り。サラダも山盛りだ。食パンやテーブルロールはなく、厚めのクレープ生地が何枚か更に盛られている。灰色が強いから、そば粉のクレープか? ガレットってヤツだな。


 オレが出された料理を値踏みしている間に、ギルベルトがどうでも良さそうにだが、アスティに尋ねていた。


「そんなんって、何?」


「そんなんはそんなんです。分らなくてもダイジョブですよ、それでもリーダーはリーダーで今日もエルダ・ウンターは平和にいつも通り曇ってますから」


 かなり好意的に聞き流しでもしない限り、喧嘩を吹っかけているようにしか聞こえないアスティの返答。つーかコイツ、ちゃんとした言い方出来るんだな、最初に会った時との喋り方が違う。口調もそうだし、声のトーンが全然違う。


「ではでは、ごゆっくり~ また後で覗きに来ますから、勇者様はお部屋でゆっくりなさってて下さい。ご飯の後で色々見て回りましょうね~ あたしがご案内させて頂きますから、楽しみにしてて下さいね!」


 そう満面の笑みで言い残し、アスティは入って時とは違い、静かにドアを閉めて出て行った。


「……閉じ込められたね」


 ぼそっと、ギルベルトは物騒な事を言った。


「あ?」


「閉じ込められたんだよ」


「……は?」


「閉じ込められた」


 何度も言い直さなくても分る。閉じ込められたんだろう? ただ分らないだけだ、何故閉じ込められたのか。


「……何で?」


「キミを逃がさない為だろう」


 ……まあ、閉じ込めるっていうのは、そういう事だろう。ああ。しかし、オレが聞きたいのはそうではなく――


「さっきも言ったけど、ここの連中は生き急ぎ過ぎる。結果が出る前から結果を知りたがり、見たいものしか見ない。全く、嫌になっちゃうね」


「……そうか」


 でも、お前、リーダーなんだろう? 嫌になっちゃうでいいのか? オレと一緒に閉じ込められてていいのか?  


 あ。


 そうか、オレがギルベルトに言いたい事って、これだ。


 お前、リーダーの癖にそんなんでいいのか? って事だ。そういやさっきアスティもそんなんって言ってたな。


 思う所は色々あるが、オレは昨日の今日で疲れている。正直どうでもいい。わざわざ聞いてきた割にはこいつ自身もどうでもよさげだし。つーか、オレが言うのも変じゃね? こいつのリーダーとしての仕事ぶりも見ない内に「お前はリーダーとして無責任じゃないか」なんて、偉そうな事は言いたくない。


 それに閉じ込められたって、ただドアを閉めただけじゃねぇか。何大げさに言ってんだ? まあ魔法かなんかでドアが開かなくなってるのかもしれないが、別に困らねぇし。それに今の所悪意や敵意は全く感じない。むしろ歓迎モード。逆に守ってくれてるのかもな、なんかから。


 そんな感じでギルベルトはあえて気にしない方向で、オレは朝飯に集中する事にした。


 肉もあって量は十分だが、日本人として米が無いのは少しばかり物足りないな。向こうの食事ではクソ女が気を利かせていたのか、晩飯には必ず米が出た。小麦が主食らしいこの世界では、パンの他にパスタ料理も多かったな。


「お言葉ですが!!」


「!」


 唐突に、そいつは文字通りぬっと部屋の真ん中の、虚空から現れた。


「結果を予測するのも実験するものの使命ではございませんこと? これをご覧下さいませ」


 アスベルだ、ずかずかと部屋に入り込み、オレ達の前まで来ると、一冊の冊子をギルベルトに手渡した。


 紙を何枚か紐を通してまとめているだけの、簡単な冊子だ。


 表紙には題名だけの表記で、題名は『勇者の秘密』。作文か何かだろうか。


「……」


 ギルベルトは無言でその冊子を受け取り、一枚目をめくった。


 オレも気になったからギルベルトの手元を覗き込む。と、表紙とは全く違い、二枚目にはびっしりと文字が書かれていた。それもすごく小さな文字で。一瞬ではとても読み切れない。


 しかしギルベルトは全く表情を変える事無く、数秒それを眺めていたかと思うと二枚目をめくった。


 ちゃんと読んだのかよコイツ! 超速ぇな!


「…………」


 その調子でギルベルトはどんどんアスベルが持ってきた冊子を読んでいき、最後の頁で何故か手が止まった。


 何が書いてあるのか気になり、読んでみようとしたが、字が細かすぎてやめた。後読めた箇所も専門用語なのか訳分らん単語ばっかりで、内容に関して尋ねる気も起きない。


 しかし、勇者の秘密って事は、つまりオレの秘密なんだろうが、アスベルは何故オレには一言もない? おはようの挨拶すらねぇぞ。いや、オレはそんな小さな事でキレる程ガキじゃないが、まあ不快なのは不快だな。いや、それよりもだ、なんでドアから入ってこない?


「……あー、お前、アスベルだっけ? なんで部屋の中から入ってきたんだ?」


 分らない事は素直に本人に聞こう。


「! こ、これは勇者様!? い、いらっしゃたのですね! 嫌ですわ、私ったらてっかりギルだけかと……申し訳ございません、みっともない所をお見せしてしまいましたわ」


 ひどく動揺しながらアスベルは頭を深々と下げた。これくらい動揺されると気分がいいな、ああ。しかし、本当に横に居たの気付かなかったのか、マジで。オレってそんなに存在感ねぇか? 勇者なのに。


「いいって別に。それよりも何でドアから入って来なかったんだ? 急いでたのか?」


「……それは……」


 困った様子で、アスベルは答えずにギルベルトに目をやった。ギルベルトはそんなアスベルを全く気にする事無く、最後の頁に目が釘付けのままだ。そんなにすげぇ事が書いてあるのか?


「……扉が封じられているからですわ」


 全くアスベルを見ないギルベルトに観念して、アスベルは答えた。


「封じられている?」


「はい。この部屋は術によって封じられています。まさか勇者様がそんなお部屋にいらっしゃるとは考えてもいませんでしたので、申し訳ございません」


「……こいつはよく居るのか?」


「はい。でもギルだけではありませんわ。魔導師なら大抵扉を封じた部屋にこもっています、実験の邪魔をされてはたまりませんもの」


 成程。別に珍しい事じゃねぇんだ、この状況は。


「……で、さっき何か言ってたな」


「な、なんの事ですわ?」


 目が泳ぎすぎ。こいつ嘘下手だな。


「さっきここに入ってくる時言ってたな、結果は予測するものだって。何が当たってたんだ?」


「…………それは、その……」


 アスベルはオレと目を合わさないまま手を胸の下辺りで組んだりこねたりと、ひどく動揺している。


 さっきまで、ギルベルトに冊子を渡してオレに気付くまでは、あんなに自信満々に自分が発見(?)した事を語っていたのに、この違いは何だ? 何にこんなにも動揺している?


「その、なんだ?」


 まるで脅しているようであんまり良い気分じゃねぇが、オレは声をやや低めにして更に問い詰める。

「『勇者の秘密』だろう、オレの何の秘密なんだ?」


「それは、」


 アスベルは顔をようやく上げた。だが目が合うと、すぐに目を逸らした。何かオレに対してやましい事があるのがモロバレ。


「それはね、」


 言いよどむアスベルの後を引き継いだのは、それまでどんなにアスベルが目で訴えても沈黙していたギルベルトだった。


 ヤツは全く表情を変える事無く、冊子をほいっとテーブルの上に投げるようにして置きながら、言った。


「キミは神官共に何かしらの術を施されている。しかもそれはまだ完成していない。次の行程を丸一日以内に受けなければ、キミの肉体、あるいは記憶は崩壊する」


「 」


 あまりの内容に、オレの脳味噌は一瞬考える事を放棄した。


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