ドン・ペリニヨンなんて買えないけれど
近未来SF、ストーカーとAI搭載アンドロイドの話です。
SF・サスペンス色はありますが、書きたかったのは頑張った女性の話です。
『今日はAIコトネさんと共にお送りします!』
『はぁ〜い! 張り切って行きましょ〜!!!』
大型ビジョンに映る10年前に亡くなったコメディアンの姿をチラリと認め、私は大学に急いだ。
(こういうの、増えたな……)
故人の映像や声などのデータをAIに読み込ませた、いわゆるAI人格を作ること、それを3Dモデルに搭載して、生きていた頃と変わらぬ姿で喋らせること。さらにはそれをアンドロイドに搭載して、バーチャル空間だけでなく、実際に故人にそっくりな挙動を示すアンドロイドを作ること。法外な値段がかかるが、今のところ法律で禁じられてはいない。そしてAIモデルやアンドロイドはテレビ番組などに出たり、富裕層が、亡くなった近親者のAI搭載アンドロイドを迎えたりもしていた。
ただし、生きている人のAI搭載アンドロイドは、肖像権が絡むなどで、本人が認めた場合以外では、勝手に作ることはできないよう、法が整備されている。
例えばファンが勝手に人気アイドル『HAYATO』のアンドロイドを作り、彼氏にする、そんなことは許されてはいなかった。ただ、合法な例では、都知事が公務を分担させる目的と、AI技術の発展に寄与するために、自身のアンドロイドを使っている。
(まあ……表向きはね)
実際には、水面下で非合法なアンドロイドは作られているのだろうし、AIの進化は今や爆発的に進んでいる。
(こんな、考えごとしてる場合じゃない!)
私は脚を早めた。一限に必修を入れるのは本当にやめてほしい。それに、急いでいるのには他にも理由があった。
「悠希! おはよう! 待ってたよ!」
上擦った男の声がかかる。
「待ってなくていいって言ったよね。遅刻したらどうすんの」
「そんな、俺の心配してくれるなんて……!」
ゾッとした。無視して一般教育棟に向かう。彼は勝手についてきた。最近イライラするのはこれだ。
「お昼ご飯、学食に行く? 何食べようか」
初めて彼を認識したのは、そんな声をかけられたからだ。
目の前に立つ、Tシャツにジーンズ、チェックのシャツを着た男。頭をフル回転させたが思い出せない。私は眉を寄せた。
「すみません、どちら様で……」
彼は声を出して笑い、そして咳払いした。
「名前教えてなかったっけ? 春日晴人。特別にハルトって呼んでいいよ、悠希」
私は愕然とした。見覚えのない男に突然話しかけられたのも怖かったし、私の名前が知られているのも怖かった。
「行こう、悠希!」
その時、強めの声がかかった。ハッと見ると、よく一緒に行動している美佳だった。同じく知り合いの光也もいる。
「あの……友達が来たから」
私は荷物を纏めるとそそくさと席を立った。すると『ハルト』も当然のようについてくる。私が恐怖を感じていると、光也がハルトに強い口調で言った。
「お前は関係ないだろ。悠希が怖がってるじゃないか」
ハルトの顔から貼り付けたような笑顔が剥がれ落ちた。俯いてブツブツと呟き始める。
「キモッ! 行こう、悠希!」
美佳が私と腕を組んでくれて、私たち三人はその場を離れた。
「誰アイツ」
美佳の言葉に光也が返した。
「知能情シスの一年だと思う。学科横断の講義ではたまに見るよ」
「オエーッ」
美佳が顔を顰める。その後はレポートの話になって、ハルトのことは忘れていた。
だけどそれからハルトはたびたび現れた。都合が合えば美佳や光也が守ってくれたが、一人になると、本能的な恐怖を感じるようになった。
「悠希は将来建築家になりたいって言ってたよね。俺はやっぱり人工知能を研究したいな。悠希は就職は地元にする? 俺も名古屋に移住してもいいなって思ってる」
私はFacenoteのアカウントを削除した。
「悠希、よくオムライス食べてるよね。俺、練習始めたんだ。二人で暮らすようになったら、毎日でも食べさせてあげるよ」
怖いし腹が立つし、なぜ私がこんな異常者のターゲットに、と理不尽に思った。
「アイツまだ付き纏ってんの? キッショ!」
美佳が悪態をつきながらプリンを突き崩した。
「話が通じない。壊れたロボットみたい……」
私は掌に顔を埋めた。光也が言った。
「俺と付き合ってるってことにする?」
私は顔を上げ、目を瞬いた。
「学校にいるだけの間でもさ、そうしたら流石にアイツも折れるんじゃね?」
「光也と、私が……?」
一緒に歩くのは嫌ではない。ただ、例えば私が光也と一緒に暮らしているところなど、全く想像できなかった。そこで隣に目を移すと、美佳が唇を引き結んでプリンをぐちゃぐちゃにしていた。私は微笑した。
「ありがとう。でも、いくらフリって言っても、いつ光也の目の前に超絶好みの子が現れるかもわからんじゃん? 自分を安売りすんなよ」
「ハハッ」
光也はちょっと耳障りな調子で笑った。美佳が目を上げ、私を見た。何も言わないのが美佳らしくなく、だから彼女の気持ちはよくわかった。美佳はまた俯いてプリンを潰し始めた。
(二人とも、好きだなぁ……)
私はただ、そう思った。
私のカバンからボイスレコーダーが発見され、ついに大学が動いた。警察も連動し、ハルト、いや春日晴人にはストーカー規制法により私への接近禁止命令が出た。
転学も考えた。両親は激怒して、地元に戻りなさいと言ったけれど、削除前のFacenoteから学歴や地元についてはある程度割れているだろう。名古屋に帰れば安全かと言えば、そうでもない気がした。
ハルトとは学科も違うし、将来のことを考えると、このまま卒業まで耐えるのがいいようにも思えた。
実際、接近禁止命令が出てから、ハルトの姿はほとんど見なくなった。光也と美佳も都合が合えば一緒に行動してくれたし、就活、卒論と忙しく過ごすうちに、私はストーカーのことを忘れかけていた。
「オリジナル・ユウキ!」
上擦った声がして、振り返ると、忘れかけていたストーカーの姿があった。ハルトだ。一気に血の気が引いて、心臓がバクバクと鳴りだした。
「見てよ、オリジナル・ユウキ! これがアンドロイド・ユウキだよ!」
彼の隣には、ほっそりとした女性がくねっとした仕草で立っていた。
「エレメンタルコンサルに就職が決まったんだってね。俺はアルプス通信だよ。一緒に通えるところに部屋を借りようよ」
「あな…あな…それ…それ……」
私は震える指を上げ、彼が連れた女性を指した。舌がカラカラになってうまく口が動かなかった。変なポーズで下品な服を着ているが、彼女の風貌は確かに毎日鏡で見ている「私」だった。
「やっと一緒に暮らせるね。録音も録画も録り放題だよ! この子に君のデータを毎日インプットするよ。一緒にこの子を成長させていこう」
言ってハルトは私そっくりな『アンドロイド・ユウキ』の肩を抱き、私に手を差し伸べた。
「完璧な君のAI搭載アンドロイドを作ろう。俺は君に、永遠の命をプレゼントしたい」
私はくるりと振り返り、来た道を逃げた。とにかく走って、走って、心臓が破れそうなほど走った。
永遠の命!? 意味がわからない。私はここにいて、彼が勝手に作ったアンドロイドとは全く違う存在だ。
喉がカラカラで、口の中も乾いている。二号館の影に隠れて、来た道を透かし見る。彼と連れのアンドロイドらしき姿はない。私は息を整えると、頭を高速回転させた。
恐らく、下宿先は割れている。ストーカーに狙われだしてから、両親がわざわざ探してくれた、セキュリティの厳しい賃貸マンションだ。だけど怖くて帰りたくなかった。
私はスニーカーの紐を結び直すと、六号館脇の裏門に走った。
インターホンを鳴らし、イライラと爪を噛む。幸い、すぐにドアは開いた。私は扉の中に滑り込み、すぐに鍵とチェーンをかけた。
「悠希!」
「しっ!」
美佳を制し、私は窓の外を透かし見た。人影がないのを確認すると、カーテンを引いた。
「悠希! 無事か!」
奥から血相を変えた光也が飛んできた。光也と美佳の二人は就職先が決まったのを機に婚約し、今は同棲しているのだ。ここもいずれ割れるだろうが、自分のマンションに帰るよりはマシだし、とにかく私は生きた人に頼りたかった。
「アウトもアウト! 違法の塊じゃねぇか!」
事情を聞いた光也が顔を覆って呻く。
「よくここを思い出してくれたね。アイツ許さん……! 私も光也もマジ悠希の味方だよ!」
美佳はずっと肩を抱いてくれている。その体温が本当に有り難かった。
「肖像権のことで裁判にすれば勝てるだろうが……」
「ムリ。アイツと同じ空間にもう二度と入りたくない」
「そうだな。それにしてもどうやってそんな、大それたことを……いや、あのバカはAI研だったから、素材は取り放題か……」
私はじっと炬燵の台を見つめた。
「いくら大々的にアンドロイド作ってるAI研でも、そこは厳しく管理されてるはずだよ」
「まあ、そこをすり抜けたか、闇市か……」
2020年代半ば、第三次世界大戦危機は水際回避されたが、我が国は危機以前よりずっと治安が悪くなった。それから闇バイト、闇市などは、規制が追いつかず、横行している。
「警察と大学には知らせた? 就職先にも連絡しておかないと……」
「エレコンには就職しない」
「悠希……!」
美佳は息を呑んだ。
「いや、美佳。どんなに一流企業でも、アイツに知られた時点でアウトだ」
光也が噛んで含めるように言った。
「内定もらったところの中で、一番地味で東京から遠い会社にする。そこ、本当は二番目に行きたかったところなんだ。詳しくは二人にも話せないけど……私は逃げることで、自分の命と尊厳を守りたい」
「もう会えないの?」
美佳が涙声で言った。
「悪いけど、姓名もPINEも電話番号もそっくり変える。でも、三人でBメールのアカウントを一つ作ろう。下書き機能を使えば、通信通さずに連絡が取れるよ」
光也が楽しそうな笑い声を立てた。
「それ、スパイが使うやつだよな!」
私は熊本に本社のある小さなコンサルに入社した。名古屋からも東京からも遥か遠いが、九州ののんびりとした空気、美味しい食べ物、やりがいのある仕事は確かに私を癒してくれた。
この会社の主な事業はリノベーション、古い物件に新しい機能を持たせ、より良く作り替えるものだ。
やってみると、これがなかなか性に合った。廃校になった学校を公民館に作り替えたり、いろいろ工夫を凝らしていると、単に新しいものをドーンと作るより、ずっと面白く感じた。エレコンにそのまま入社していたら、こんな楽しさは味わえなかったかも知れない。
両親には毎年年賀状に「生きているけど、探さないで!」と書いて送った。
美佳と光也は東京で就職した。二人が結婚した時は本当に嬉しかったが、結婚式に参列できないのには少し泣いた。
十年後、私はこの会社の東京本社に転勤した。心に恐怖が過ったが、東京に戻ってもハルトに出くわすことはなかった。
団地を低所得者向きの物件に作り替える仕事はとてもやりがいがあった。そして様々な業務をこなしている間に、さらに二十年の歳月が流れた。
急ぎの納品のために私は渋谷に来ていた。ようやく顧客から解放され、スクランブル交差点を渡りだして、私はふと背の高い少女に目を留めた。
最初は、何であの子あんなに薄着なんだろう、そう思った。とても細い身体に、ペラペラした布のワンピースを着ている。まるで人形みたいだった。どこに内臓が入っているんだろう。
一緒に歩いている男はダメージジーンズにシャツとパーカー、足元はスニーカー。若ければそれなりにお洒落でカッコよく見えたかも知れないが、その装いは初老の男に全く似合っていなくて、みすぼらしく感じた。
そこで私はガンと頭を殴られたような気がした。その男はハルトだった。間違いない。
胸が冷たくなり、鼓動が激しくなった。悪いことに、すれ違うときにハルトと目が合った。その時間は一秒ほど。だけどハルトの視線は一切揺れなかった。何も見なかったかのように、隣で元気に喋る少女に視線を移し、嬉しそうに会話しながら通り過ぎてゆく。そして少女の姿は、確かに遠い昔の私そのものだった。
三十年の歳月が、私を変えてくれた。あんなに私に執着していた彼が、目も留めないくらいに。
彼はついに、私ではなく、私の過去の亡霊を選んでくれたのだ。
交差点を渡りきり、腹の底から湧き上がるものがあった。やった! 私は自由なのだ。長いこと借り物みたいだった人生が、やっと私のものになる。
デパ地下でちょっといいシャンパンを買おう。ドンペリなんて買えない。買えるようなお金は持っていない。生ハムも買おう。デパ地下のが高ければコンビニでもいい。
家に帰れば、朝食のパンを食べた皿は置きっぱなし、なんなら人をダメにするクッションもある。
「フフフ……」
私は家路を急いだ。いざ、独身女の根城へだ。
夫も子供もいない私は、孤独なのかも知れない。だけど私は自由を得た。これまでの人生において何よりも得がたく、そして何よりも欲しかったものだ。
永遠の命なんていらない。私のこれまでの、そしてこれからの人生に乾杯だ!




