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暗愚な王と魅了の魔法

作者: 香田紗季
掲載日:2026/02/01

人間、欲を出しすぎるとろくでもないことに巻き込まれるものです。

あまり深く考えず、ゆるーっとお楽しみいただければと思います。

 謁見の間。国王は遠い国からやって来た使節団をねぎらっていた。


 この国とは、これまで国交がなかった。なくても困らないほどに遠い国だったのだ。


 だが近年、この国は魔法付与技術で一躍世界に躍り出た。長年行われてきた魔法使いたちの研究の結果、様々なものに魔法を付与できるようになったのだということだった。


 国王は最初、その重みが理解できなかった。だが、魔法付与されたものさえあれば魔力がなくても魔法が行使できると知ると、まずは火魔法が付与された小さなガーネットと、水魔法が付与された中粒のアクアマリンを手に入れた。雨で薪が湿った日でも、火魔法が付与された小石に触れながら「火を出せ」と言えば、一瞬にして薪に火が付いた。偶然発生した火災現場でアクアマリンに触れながら「水を出せ」と言えば大量の水が空中に現れ、瞬く間に消火してしまった。


 その場にいた者は歓声を上げた。国王は、魔法付与されたものをこの国にも導入すべきだと考えるようになった。悪用されないかという心配もあったが、「そんなことを心配していたら包丁一つ売れない」と貴族たちに言われ、それもそうかと思い直した。


 魔法付与されたものを手に入れるためには、正式な交易が必要となる。他国や他国の商会を介せば、二倍三倍の値段になってしまう。遠距離ではリスクもあるが、王家が一括管理して輸入して国内に広める形で導入する計画が持ち上がった。そこで、国交樹立と貿易条約を締結するため親書を送り、かの国からの使節団を招いたのだ。


「今回、付与師は来ていないのか?」

「一人だけ連れてきておりますが、ちと問題がありまして」

「問題? なんだ?」


 大使は非常に困惑した表情で、視線をあちこちにさまよわせながらこう言った。


「陛下は生活に必要な火魔法や水魔法の付与物をお求めとのことですが、今いる付与師は、ええと、その……」

「何だ、はっきり言わぬか」

「はい。それがその……」


 大使の声が小声になった。


「み、魅了魔法しか使えぬ者でして」

「聞こえぬ。何と言った?」

「で、ですから、魅了魔法の付与しかできぬのです」

「魅了魔法……それはどのような魔法なのか?」

「魅了魔法は、自分に好意を持たせるという精神作用系の魔法になります。込める力によって、第一印象をよくする程度の魅了から周辺にいる人間すべてが自分を愛するようになるレベルまでございます」

「周辺の人間すべてから愛を向けられるのか?」

「傾国・傾城などと呼ばれる絶世の美女が歴史に名前を残しておりますが、彼女たちは実は魅了魔法使いであったと考える者もおります」

「傾国の美女同等に求められる存在になると言うのか?」

「はい。とはいえ、魅了魔法は危険な魔法。使える者全員を、国が徹底的に管理しております」

「普通の付与師でも、魅了魔法が付与できるのか?」

「もちろんです。普通の魔法使いは様々な魔法が使えますから。ただ、今回連れて来ている付与師は魅了魔法しか付与できません。他の魔法も開眼できぬかと、様々な刺激を与えるべく、こうして連れまわっております」

「刺激によって、魔法が開眼することもあるのか?」

「ごくわずかですがそのような報告がございますので、藁にもすがる思いでいるのです。いずれにしましても、陛下にもこの国にも必要ない力でございますので、今回ばかりはお役に立てないかと……」


 国王は興味を持った。魅了魔法があれば、少々オヤジ臭いと王妃・王女たちからも避けられがちになった自分に、再びモテ期が来るかもしれない。女を虜にする魅了魔法にかけられたとも知らず、顰め面ばかりの王妃が自分に媚びる女たちを見て嫉妬する……。


 うん、実に楽しそうだ。


 王はまじめな男だったが、少々浅は……不敬罪になるといけないのでここは「いたずらがお好き」ということにしておこう。日々まじめに政務に取り組む分、遊ぶ時は思い切り遊ぶタイプである。前代未聞の「いたずら」を思いついた王の心はわくわくし始めた。


「構わぬ。実験してみようではないか」

「危険です! それに、付与された魅了魔法を使ったことで問題が起き、魔法付与物の貿易条約が締結できなかったら、我が国の国王からどれほどのお叱りを受けるか……」

「よい、何か問題があってもこの条約は発効するとの一文を付記しよう」

「わたくしどもは他の魔法付与物については胸を張って輸出できますが、魅了魔法の付与物についてだけは保証の対象外としております。何が起きても我らの責を問わぬことを、王命としていただきたく」

「わかった。(したた)めよう」


 国王は書記官を呼び出すと直ちにその旨を記した詔書を作らせてサインした。そして一部は法務担当に、一部は詔書保管庫へ、一部は大使にその場で手渡した。


「かしこまりました。それでは明日の条約締結式の後、その者に陛下の御前で魔法付与を行わせます。付与物は陛下がご用意くださいますか?」

「よかろう、どのようなものでもよいのだな?」

「壊れにくい個体であれば、宝石でも、鉄塊でも」

「うむ、明日までに必ず用意しよう」

「それでは準備もございますので、本日はこれにて御前より罷りとうございます」

「ああ、明日のこと、楽しみしておる」


 国王は大使を下がらせると、うきうきと私室に戻り、あまり目だないような装飾品をいくつか並べさせた。


「陛下が装飾品をご覧になるなど、随分久しぶりのことでは?」


 気心知れた侍従が命じられた装飾品を並べながらそう言うと、国王はにやりと笑った。


「なあ。余が再びモテるようになったら、皆はどう思うだろうか?」


 侍従の頭の中に、クエスチョンマークが大量に浮かんだ。


(陛下にモテ期など、あっただろうか……いかんいかん、こんなことを言ったら、いかに親しく接していただいていようと、この首が飛んでしまう)


 侍従は素早く頭を回転させた。


「同じくらいのお年頃の皆様……宰相閣下、東の辺境伯閣下などに羨ましがられるのではないかと推察いたします」

「ほう、そうか」


 国王がにやにやしているのを横目で見ながら、侍従は選んだ名前が効果的に国王にヒットしたのに安堵した。


 宰相は王妃の兄で国王と同じ年齢だが、「あの渋さがたまらない」と若い娘たちから今も人気がある。東の辺境伯は既に50代に達しているが、最盛期を過ぎても鍛え上げられた体を想像させるその姿に、そして妻亡き後も再婚せず三人の息子を立派に育て上げたその精神に、年々人気が高まるイケオジである。


「では皆にも、余のすばらしさを再認識させられるかのう」


 国王はしばらく悩んだ後、あまり目立たぬほうが良いだろうかと考えて、王家の紋章が刻印された金のカフスを選んだ。


「今お付けになっているものと交換なさいますか?」

「いや、これは明日、かの国の者が実際に魔法付与のデモンストレーションをするために選んだのだ。ケースに入れて、そこの机の上に置いておくように」

「かしこまりました」


 侍従はなんだか嫌な予感がした。こういう時は直感に従った方がいい。他の装飾品を片付けに保管庫へ行った後、侍従は王妃の元を尋ねた。


「陛下に何かありましたか?」


 王妃は、時々暴走する国王を止められる三人の一人である。この侍従が来る時は国王が何かしでかそうとしている時だということを、王妃はよく理解している。


「実は……」


 王妃は侍従の言葉を聞いた。


「……再び、モテる?」


 王妃も首を傾げた。国王は若かりし頃から、断じて、一度も、モテたことはない。確かに「将来はお妃さまになりたいわ(=贅沢をしてちやほやされたいわ)」なんて言う夢見る下位貴族や平民の娘からは黄色い声を浴びていたが、それは本人の魅力ではなく玉座を約束された者への媚びであった。「冴えないお調子者」というのが当時の評である。しっかり者だった兄から王太子の座を譲られた次男に国を託すのが心配で、前の国王は今の王妃を息子の配偶者に決めた。


 現王妃からしてみればハズレ以外の何物でもなかったが、この国を守っているという自負が、「職業:王妃」として王の職責を代行し、継嗣を産み育てるという任務に就いた彼女を支えてきた。唯一の美点が、「浮気をしないこと」だったのに、どうやらあの国王(ぼんくら)はよからぬ魔法付与をしてもらって遊ぶつもりらしい。


「なるほどねえ」


 王妃は報告に来た侍従を下がらせると、ひとしきり考えた。国王が手に入れようとしている付与魔法が「魅了」であろうと推測すると、とある場所へと向かったのだった。


・・・・・・・・・・


 翌日、国王は朝から上機嫌であった。条約調停式の後に用意された、慰労会を兼ねた内々の食事会の場で、国王は「それでは、デモンストレーションとして、実際に魔法を付与するところを見せてもらおう」と発言した。


 大使が、いかにも見習いといった風情の付与師と共に、国王と王妃の前に進み出た。付与師は少女と女性の境目と思われる年頃の人物で、他国の王族を前に随分と緊張した面持ちである。



「此度同行しております付与師は、まだ研修中の身でございます。正式に付与師として独り立ちしたものとは違い、たった一種類、それも『魅了』の魔法付与しかできません」

「魅了だって?」

「本気か?」

「禁呪ではないのか?」


 大使の声に会場がざわめく。国王はそれを手で制すると、侍従に金のカフスボタンを運ばせた。


「これに魔法を付与してもらいたい」

「かしこまりました」


 付与師は使用人たちが運び込んだテーブルに置かれたカフスボタンをじっと見た。そして、誰にも聞こえぬ声で何かを言いながら、指先をくるくると動かし始めた。すると、聞こえぬ声が見たことのない文字に変換されて宙に浮き、すっとカフスボタンに吸い込まれていく。国王はじめ使節団以外の者たちの目が釘付けになる。「言葉」を飲み込んだカフスボタンは線香花火のようにぱっと数秒輝き、そして元通りになった。


「付与いたしました」

「どうやって使うのかね?」

「そのカフスボタンに触れたまま、対象者の目を見つめます。3秒間目が合えば、術がかかります」

「どれほど。何人にかけられる?」

「今回は大使より、対象者は一名にとどめ置くようにと命じられております」


 お試しは一回のみ、効果を実感できたなら正規料金で注文しろということだ。国王は内心で舌打ちしたが、こればかりは相手の方が強い。


「デモンストレーションなのだ、効果のあるところを見せねばならぬな」


 国王の言葉に、その場にいた全員が目を逸らした。


「ん?」


 国王は微笑みながらあちこちへと視線を送ったが、誰も目を合わせようとはしない。


「んんっ!!」


 咳ばらいをしてからもう一度周囲を見るが、誰も目を合わせてくれない。国王は悲しくなった。


「王妃よ。どうして誰も余を見てくれぬのだろうか」

「邪な考えが見え見えだから、でございますよ」

「邪か。余はただ、誰かに好きになってほしかっただけなのだがのう」


 こうなったら、王妃でも構わない。結婚してから、いや、婚約時代から続くビジネスライクな関係ではなく、王宮のあちこちで時々見られる甘々な雰囲気になれるのなら、それもいいかもしれない。


「あの、陛下」


 付与師が困ったような顔をして国王に声をかけた。


「もしかして、失敗でしたか?」

「いや、そうではないのだが……」


 ふと国王は思った。この若い娘、器量も悪くない。このまま自分に魅了されたら、この国にとどまってくれるかもしれない。そうすれば、魅了の付与物を売りさばいて……


 国王の頭の中で、金貨がチャリンチャリンと音を立てた。国王はさりげなくカフスボタンに触れながら、付与師を見た。そしてゆっくり、こう言った。


「そなたの能力を疑っているわけではないのだよ」


 付与師はじっと国王を見ている。


 目が合った。1、2、3秒!


 次の瞬間、国王の心に、付与師のことが愛しくて愛しくてならないと思う気持ちが一気にあふれ出した。


「付与師よ……」

「何でございましょう、陛下」

「陛下などと冷たいことを言わないでくれ。そなたは余のことが嫌いか?」

「いえ、そのようなことはございませんが」

「ならば、そなたは余のことをどう思っているのだろうか?」

「あの?」

「そなたが冷たいと、余はつらい」

「え?」

「余がそなたを思うほどに、そなたにも余のことを思ってほしい」


 恋する少年さながらの目で付与師を見る国王を、王妃は蛇蝎を見た時のような目で見た。


「おぞましい。誰か、陛下をお連れせよ」

「待ってくれ、付与師よ!」

「さあ、早うお連れせよ!」

「何をする、余は国王であるぞ! 離せ!」


 暴れる国王を捕らえてよいものかと衛兵が戸惑う。


「よいから!」


 王妃の命令で、衛兵が例の侍従と共に国王を連れ出した。国王のわめく声が聞こえなくなったところで、王妃はふっと息を吐き、付与師の方を向いた。


「そなた、自分が何をしたか、分かっておるのか?」

「わ、わたしは、陛下と大使のご命令に従っただけで……」

「だが、そなたの付与した物によって、第三者が陛下に魅了されるのではなく、陛下が魅了されてしまったように見えたが?」

「そ、それなんです! わたしは魅了しか付与できませんが、魅了されるなんてことは今まで一度もありませんでした! 付与した魔法だって間違っていないのに!」

「そなたは、一国の王を魅了の魔法で狂わせた。その責任、どう取るつもりじゃ?」

「大使様!」


 大使は青ざめて体を震わせ、何一つ言えずに床に目を落としている。


「リスクについては何度も、丁寧にご説明いたしました。しかし、陛下はどうしても付与するようお命じになりました。何があっても我々に責はない、その一筆もいただいております」

「誰か、聞いておるか?」

「はい。法務にも通達がございました」

「まったく、愚かなことよ」


 青い顔をしている使節団を前に、王妃は扉の側にいる衛兵に合図をした。衛兵が扉を開くと、そこには黒いロングケープをまとい、フードを目深にかぶった人物が立っていた。


「あ、お、お師匠様……」


 付与師がそう呟いて逃げ出そうとした瞬間、付与師の足めがけて床から鎖が飛び出した。そのまま付与師の足に巻き付いたため、付与師は逃げ出そうとした勢いのままつんのめり、床に顔を強打した。歯が折れたのか、痛みで顔をゆがめている。


「ご連絡くださり、ありがとうございました」


 黒ケープの男は、王妃に深く頭を下げた。


「いえ、あなた様から『不出来な弟子が一人、行方不明になった。見つけ次第連絡がほしい』と連絡を受けておりましたからね」


 王妃の言葉に、黒ケープの男は深くうなずいた。


「各国に同じ通達を出しましたが、連絡をくださったのはあなた様だけでした」

「他国の中枢は、彼女に逆らえなかったのでしょうね」

「おそらく」


 付与師は青い顔をして鎖に向かって何かをつぶやいているが、宙に浮かんだ言葉は鎖に触れる前に霧散していく。


「無駄だ。お前程度の魔法で私の拘束から逃れられるわけなかろう」

「いや、いやあ~! 大使様、助けて~!」


 大使は胸元のブローチを取って黒ケープの男に投げつけようとしたが、衛兵たちに取り押さえられた。おそらく何らかの攻撃魔法が付与されているのだろう。衛兵はブローチも没収した。


「さて、先程の通達、こちらに返却していただきましょうか」


 王妃の命令で、大使が持っていた通達が取り上げられた。大使は「この国は国王よりも王妃の方が権力を持っているような国なのか?!」などとギャーギャー騒いでいる。


「ええ、そうですが、それが何か?」


 王妃の言葉に、大使は固まった。


「あれは、お飾りなのですよ。根は悪くないのですが、為政者としてはどうにもならない。だからこそ、わたくしが王妃としてこの国のかじ取りをしているのです」

「そんなこと、国民に知れたら……」

「この場に招かれている我が国の者は、全てその事情を知っている者です。そなたが心配する必要などありません」

「いや、こんなことは間違っている!」

「そなたも、その付与師に魅了され、操られていることに気づいていないようですね」

「え?」


 大使は首を横に振った。


「そんなことはありません、私は確かに正気です!」

「黒の魔法使い様、お願いできますか?」


 黒の魔法使いと呼ばれた黒ケープの男は大使の前に立つと、その額に指を当てて何やらぶつぶつとつぶやいた。言葉が文字となって宙に浮かぶ。宙に浮いた文字が大使の額に吸い込まれると、大使の目つきが変わった。


「まさか……」

「お気づきになりましたね? 大使殿、」

「そんな、私としたことが……」

「仕方がありません。そなたは付与師に魅了されたそなたの国の国王に命じられ、そなたも(・)その付与師に魅了され、言うなりになっていたのです」


 がっくりとうなだれた大使に、付与師はさらに焦りを募らせた。だが、黒の魔法使いの鎖が、足だけでなく上半身にまで伸び始めたことに気づくと、付与師は叫んだ。


「だって、お師匠様! 私が魔法使いの端くれだってわかった瞬間、あの国は私を捕まえたんです! 魔法使いとしてこの国のために働け、そうしなかったら魔力を搾り取るって言われて、仕方なく役に立ちそうな付与だけ教えたんです! それなのに、私を拘束して魔力を搾り取ろうとしたんです! だから、生きるために……」

「最初はそうだったかもしれない。だがお前はそれに味を占め、自分が贅沢に、思い通りに過ごすために、魅了を使い始めた。そして、複数の国に出入りし、次々に国王たちを魅了に掛けた。私利私欲のために魔法を使ってはならないという魔法使いの掟を破った以上、お前は裁かれ、罪を償わねばならぬ」

「嫌よ、嫌よ!」


 だが、付与師は鎖にがんじがらめに絡め取られ、とうとう頭部まで鎖に覆われてしまった。


「迷惑をおかけした。この償いは、いずれ必ず」

「いえ、こちらこそありがとうございました」


 黒の魔法使いと付与師は、その場から姿を消した。転移したのだろう。


「では、後片付けをしましょうか。大使殿、契約を見直します。そちらの国の王族や宰相殿たちの魅了を解きたくはありませんか?」


 王妃の言葉に、大使が身を乗り出した。


「黒の魔法使い殿でなくとも、解けるのですか?」

「あら、どうして私たちが彼女の魅了に対抗できたとお思い?」


 王妃はシンプルな金のイヤリングにそっと触れた。


「これ、抗魔法付与物ですの」

「抗、魔法」

「ええ。魔法使いが魔法を付与できるように、魔法から身を守るための抗魔法という魔法もあるんですって。通常の火には効果はありませんが、魔法で出した火には対抗できる。戦争で火魔法を付与した物を使おうとしても、抗魔法付与物を身に着けていれば、何にも怖くありませんわ」


 大使は、自国の国王が「付与魔法物さえあれば他国を容易に侵略できそうだ」と笑っていたことを思い出した。抗魔法の付与物がこの世に存在するなら、武器としての付与物は無駄なものとなるはず。


「そちらがどんな魔法付与物を作ったとしても、抗魔法付与物の作り方は御存じないでしょう? 作り方は伝授できませんが、少しならお譲りできますわ。それも含めての貿易協定としませんこと?」


 この後、王妃の思うままに条約の条項が変えられていったのは言うまでもない。


・・・・・・・・


「ところで、いつになったら王妃は機嫌を直してくれるのだ?」

「さあ、どうでしょうね」


 魅了を解かれた国王が、王妃の膝枕で、子犬のように許しを乞うている。


「あれは、そなたと話し合った上で行った作戦だったであろうに」

「わかっています! ですが、陛下は黒の魔法使いが術を解くまでの間、あの娘に恋焦がれておいででしたわ」

「だから、本気ではなく、操られていたのだろうが!」

「それでも、わたくしよりもあれを優先しようとしたことは許せませんわ!」


 国王は、暗愚ではない。暗愚な振りをしてよからぬものをおびき出しては潰すのが何よりの趣味という、食虫植物のような男だ。それを知るのは、さすがに王妃と宰相など片手ほどしかいないが。


「黒の魔法使いからは連絡があったか?」

「はい。あの魔法使いの女によって魅了されていた者たちは、全て解除されたそうです。かの国は、多くの国からの賠償請求に苦しんでいるとか。魔法使いを捕らえて自分たちのために働かせようとしたのですから、自業自得ですわ」

「そうだな。それにしても、黒の魔法使い(兄上)はますます容赦なく魔法使いたちを従えているようだったな」

「ええ、あの方は魔法嫌いな魔法使いですから」

「今でも兄上のことは特別か?」

「ええ、人として尊敬しておりますよ。どれほどの力を持とうとも、それを悪用しない、させない。魔法使いが憎まれなくなったのは、あの方のおかげですから」

「そうだな、兄上がいなかったら、そなたは魔法使い協会に連れていかれ、余の妻にはなっていなかっただろうな」

「私が魔法使いであることを隠せるのは、あの方の魔法だけですからね」


 王妃がまだまだ幼かった頃、王妃に魔法の能力があると知った兄は、魔法使い協会に王妃が連れていかれぬよう、王妃に魔力隠蔽の魔法をかけてくれた。それは、王妃が自分の弟の初恋の相手だと知ったからだった。


 その結果、兄は魔法使いであることが知られ、魔法使い協会に連れていかれた。魔法が使える者は、魔法の使い方を教えるという名目でみな魔法使い協会に連れていかれる。そして、魔法の力で各国に圧力をかける。戦争を中止させることもあるが、食料供給を強制することもある。彼らを怒らせたら国が滅んでしまうから、誰も逆らえないのだ。


「あの方が一番の魔法使いとして認められて『黒の魔法使い』を襲名したおかげで世界は平和になったというのに、掟に従わない者がいるのは困りますわ」

「ああ、そうだな」


 あの娘がどうなったのかは分からないが、たいそうな罰を受けているに違いない。王は己の力を過信した愚かな魔法使いのことを一瞬だけ思い、そして忘れることにした。


 王と王妃は「暗愚な王」と「それを疎ましく思う王妃」の仮面を脱ぎ捨て、王妃の魔法によって生み出された異空間で、今日もゆるりとくつろいでいる。


読んでくださってありがとうございました。


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