8・味方は近くにいた
「……見せろよ」
……苛立った声。
健一の顔が、だんだんと近づいてくる。
――キス、されそう。
そう思ったのに、私は何も抵抗しなかった。
――もう、どうでもいいや。
自然と、目を閉じる。
――どうでも、いい
なのに、どれだけ待っても何も起こらなくて。
ゆっくりと目を開けると、苦しそうな顔をした健一がいた。
「……あー、もう!!」
途端に頬に添えられていた手が腰にまわされ、もう片方の手に押されて私は健一の胸に押しつけられる。
「……弟を誘惑すんな、馬鹿姉」
それは今にも泣きそうな、声だった。
◆ ◆ ◆
家に帰って、泣いた。
とにかく泣いて、健一に溜めこんでいたことをぶちまけた。
どうしてわたしじゃだめなの?こんなにもすきなのに。
ちゅうとはんぱなやさしさなんていらないよ。
ただ、あいされたいだけなの。
ゆうまくんにすきになってもらいたいの。
ゆうまくんのとくべつになりたいのに。
どうして?どうして?どうして?
ぶちまけていると、だんだんと落ち着いてくる。
……私、何で弟に愚痴っちゃってるんだろう?
ごめん、やっぱりなし。
と言おうと思って顔を上げると、健一は微笑していた。
「そんな男なら止めろよ……って言いたいところだけど、さ」
優しい声色。
「それって全部、蛍花の思いこみじゃないのか?」
ぽん、と落とされた言葉に何も言えなくなる。
思いこみ?……そんなわけない。
反論しようと開いた口が声を発する前に、健一は続ける。
「蛍花。実際、聞いたわけじゃないんだろう?本気になった女がいるって」
「……いわなくても、わかるし」
「だから、それが思いこみだって言ってんだよ」
はあっとわざとらしく溜息をする。
「心の中が読めるわけじゃあるまいし、表情とか行動で気持ちがわかるわけないだろ?それとも何か証拠でもあるのか?」
「しょうこ?……ああ、そろそろくるかな」
「え?!」
私の発言が意外だったのか、健一は驚く。
同時に鳴り響く携帯。
……見れば、[一条綾香]の文字。
メールを開けば、[今日のカレも素敵だったわ。アナタって愛されてないのね]
こんなときに限っていつもより一文多いメールを送るなんて、タイミングが良いのか悪いのか。
健一に向かってぽいっと携帯を投げる。
健一は内容を見て、むっとした顔をするとすごい速さでボタンを押し始める。
「……なにしてんの?」
「あー……メール消してんの」
……メール消すのにそんなにたくさんのボタンを押す必要あったっけ?
「……ん」
健一はむっとした顔のまま頷くと、携帯電話をほおり投げた。
落とさないように注意してキャッチ。
……ちょっと他人の携帯ほおり投げないでよ。
「……とりあえず一回話しあえばいいんじゃないか?」
……実際にメールが来てるとは思っていなかったんだろうな。
携帯をほおり投げたように、投げやりにそう言った。
「……やっぱり、わたしのおもいこみじゃないじゃない」
じとーっとした目で見ると、健一は申し訳なさそうに目をそらす。
「……悪ぃ、さすがにこれは予想外だった」
そりゃあそうだ。
再び溜まりだした涙を、袖で強引に拭う。
「やっぱり、もうだめなんだよ」
ぽつりと漏らした、敗北宣言。
すると、突然頭を叩かれた。
いきなりのことに、涙も止まる。
「逃げんなよ、蛍花」
「……なんで?」
私、頑張ったよ?耐えたよ?
だから、もう逃げたっていいじゃん。
彼の幸せな笑顔を見れたらいいなんて、もう、私言えないよ。
言えないのなら、もう逃げるしかないじゃないか。
唇を噛みしめる私に、健一は優しい笑みを向けた。
「逃げて後悔する蛍花を見たくないんだよ」
「……こうかいなんて」
「するさ、今のままなら、な。……だから頑張れ、蛍花」
そう言って、子どもをあやすように頭を撫でる。
……その優しさに、また涙がこぼれて。
「……うん」
……みっともなくても、もう少し足掻いてみようと思った。