7・窮地から救い出して
もちろん、そんな馬鹿なことはせずに彼の家を出る。
いつもの帰り道。
……もしかしたら、ここを通るの今日で最後かも、と思うと目頭が熱くなる。
負けるなんてわかっていたことじゃないか、なんて言わないでもらいたい。
それでも、私はまだ続くと思っていたのだ。
……まだ、一緒にいてくれると思っていたのだ。
「……もしかして、一条綾香?」
……ありえる。ものすっごくありえる。
なんたって、私と違って一週間に何回もゆうま君と会っているのだ。
最初は"夜だけのオトモダチ"だったのかもしれない。
でも、小説とかでよくあるよね?
アソビがホンキに変わるってさ。
そういえばそんな小説最近読んだなぁ、と思っていたら、不意に涙がこぼれた。
……こんなのでいざフラれたとき、私は笑顔で彼とサヨナラできるのかな?
◆ ◆ ◆
今、私はある人の家の前にいる。
インターホンを押す。
しばらくすると、その家の主が出てきた。
「……え、蛍花?」
私はニッコリと笑う。
「ヤケ酒、付き合ってくれるんだよね?美奈子」
手に持っているコンビニの袋の中には大量の缶ビールと、缶チューハイ。
美奈子はそれを見た瞬間、何も言わずに私を抱きしめた。
……迷惑掛けて、ゴメンネ。
◆ ◆ ◆
一体何本飲んだだろう?
頭の中がぐらぐらするし、視界がぼおっとする。
……明日大学に行けないかもなぁ。
日曜日に自暴自棄な行動なんて、するんじゃなかったなぁ。
「泊ってく?」と聞く美奈子の声はしっかりしてる。
……さすが、ザルと言うだけあるなぁ。
それとも、私が心配でセーブしてくれたのかな?
「ん」
ふるふると首を振りながら、美奈子に携帯電話を渡す。
それでわかったのか、美奈子は携帯電話を受け取った。
「弟君、遊びに来てたのね」
「ん」
頷く。
正確にはプチ家出だけど。
◆ ◆ ◆
「……飲みすぎだろ」
「そーでもないよぉ?」
健一の肩を借りて、千鳥足で歩く。
なんだか足元がふわふわする。
「そんなんで明日大学行けんのか?」
「んー、むりかも」
私の言葉に、健一は深いため息をついた。
「酔っぱらいたいほど、忘れたいことでもあったのか?」
「あったっていうかぁ……これからあるっていうかぁ?」
へらへらと笑う。
気分がいい。頭の中が幸せだ。
「彼氏と喧嘩でもしたのか?」
呆れたように言われた瞬間、火照っていた身体が一瞬で冷めた。
……喧嘩、か。
「……けんか、ならよかったのに」
そうしたら、修復する努力ができるのに。
こればっかりは、どうしようもない。
終わりを待つことしかできない。
……もう、私を守ってくれるものはなにもない。
――タスケテって言ってしまえば、ゆうま君はこの窮地から救ってくれたのかな?
そう思った途端、お酒で誤魔化したモノが、目からぽろぽろと溢れだした。
「えっ、ちょ……蛍花?」
「……めに、ごみ、はいった」
嘘を吐く。
きっと、健一はこの嘘に気づいているだろう。
それでも、私は嘘を吐く。
私が足を止めると、健一も足を止めた。
……そして、ぼやける視界の中、突然、大きな手が私の頬に触れた。