5・敵の陣地に踏み込む
しばらくしてまた鳴りはじめる着信音。
今度は誰?と思ってみれば――[榊 悠真]。
思わず私は飛びあがった。
すぐに電話を取る。
「も、もしもし!」
『ん』
短い返事。それだけでも嬉しくなる。
にやけそうな顔を抑えながら、彼の言葉の続きを待った。
『吉瀬、今日暇か?』
「うん!」
堂々と言うことか?と思うぐらい思いきり頷く。
微かに聞こえる忍び笑い。
やっぱり好きだなぁ、としみじみ思う。
『吉瀬が見たいって言ってたDVD手に入ったんだ。来るか?』
「行く!」
『……じゃあ、待ってる』
そしてそのまま切られる。
うきうき気分で野暮ったいジャージから私服に着替えながら、不意に感じた違和感。
鏡に向かって、髪を梳いているときにやっと違和感の正体に気づいた。
……そうだ、聞いたのだ。「来るか?」って。
私に、聞いたのだ。
――いつもなら、『来いよ』って言うのに。
私に気をつかってくれた?……どうして急に?それは誰かの影響?
「……やめよ」
考えれば考えるほど、悪いほうに向かっていく私の思考。
"本当の愛を知って、罪悪感を感じるようになった?"
零れそうになった不安に蓋をして、鏡の前でにっこりと笑った。
◆ ◆ ◆
健一が帰ってくるのと同時に玄関を出る。
彼の家に行くのはこれで……何回目だろう?
外でデートをするのは片手で足りるくらいなのに、覚えてない。
そういえば、最近会うときはいつも彼の家だ。
ソウイウことはしないのに、不思議。
バイトでコツコツ貯めたお金も気づけば結構貯まっている。
……これは、誕生日にドンと使うべきなのだろうか。
どうすれば、彼は喜んでくれるだろう?
◆ ◆ ◆
騙された、と思った。同時に、もっと内容を把握しとけばよかったとも思った。
……なんと、私の気になっていたDVDはホラー映画だったのだ。
――CMではそんなそぶりを見せなかったくせにっ!
正直に言うと、私は怖がりだ。ホラー映画なんて見たら、夜も眠れない。
だからといって、折角彼が借りてきてくれたDvD無駄にするわけにはいかない。
しかも、彼も興味があるのか隣で座って見ている。
……我慢、我慢。
潤んでいる目を強引に擦ると、私はなるべく見ないように、テレビ画面より少し上を見た。
ドンっとかガタっという音にびくびくしながら、しばらくして、そろそろ終わりかもと思って視線を下にずらす。
……ああ、なんだかほのぼのとしてる。エンディングだ。
ほぉっと胸を撫で下ろしていると、突然画面に黒い何かが現れた。
「ひゃああっ!!」
騙された!と思いながら、私は隣にいた彼を抱きしめる。……え、抱きしめた?
自分の行動に、私は別の意味で顔を青ざめた。
思わず立ち上がる。
「ご、ごごご、ごめんっ!!」
しまった、と思った。
彼と付き合ううえで、ルールが3つある。
ルールその1・メールは返信のみ許可。自分から送るのは禁止。
ルールその2・彼の生活に必要以上に干渉しない。
……そして、ルールその3・必要以上にベタベタしない。彼に触れるときは許可をとること。
気をつけてたのに、気をつけてたのにっ!!
これじゃあまるで、ベタベタするためにホラー映画が見たいって言ったみたいじゃない!!
彼は何も言わない。
ルールを破ったから怒る?……それとも私このままフラれちゃうの?
そんなことをしている間に、後ろでエンディング曲が流れはじめる。
彼の手が、私の手首を掴んだ。――ま、まさか殴られる?!
思わず目を閉じる。
その瞬間、唇に生温かい何かが触れた。