4・武士は食わねど高楊枝
健一をしっかり叱りつけたところで、部屋に戻る。
ベットに寝ころぶと、携帯を開いた。
「うげっ」
思わず変な声が出る。
[一条 綾香]……ゆうま君の"夜だけのオトモダチ"の1人だ。
ゆうま君のことが本当に好きなようで付き合い始めてから1週間も経たないうちからメールが来はじめた。
(きっと、アレが終わった後こっそりゆうま君の携帯を見てアドレスをゲットしたのだろう)
[今日のカレも素敵だったわ]……そりゃあよござんしたねっ!
イライラしながら、いつものようにそのメールを消去。
「……二股で満足されてるような女に誰が渡しますか」
呟いておきながら、悲しくなる。
……私も、結局はこの女と一緒。
というか、カラダの関係が無い時点でこの女以下なのかもしれない。
特別になりたい。どうして私じゃダメなの。
いつものように壁に話しかける。……外から見たら変な人だ。
それでも、私が弱音を吐けるのは壁しかなかった。
欲しがりません、勝つまでは。
……勝てる見込みなんて、少しもないんだけどね。
◆ ◆ ◆
「あ、蛍花おはよう」
大あくびをしながら部屋に入ると、朝食の準備が既にされていた。
……健一がこんな時間に起きていることにもびっくりなのに、まさか朝食も作っているとは。
「……アンタ、料理できたっけ?」
「覚えた。男でも簡単なものぐらいは作れないとな」
その言葉に深く感動した。
「……健一、アンタいい夫になるよ」
「蛍花の?」
「ばーか」
「ひっでぇ。……ま、いいけどな」
味噌汁の味が少し薄かったけど、焼き鮭が少し焦げてたけど、何も言わないでおく。
頑張れ、弟。お姉ちゃんは美人で優しい義妹を期待してるよ。
◆ ◆ ◆
「……な、なあ、蛍花」
「んー?」
ソファに寝ころんで、雑誌を読んでいると、DVDを見ていた健一が突然話しかけてきた。
言いにくいことなのか、少しどもっている。
「……か、彼氏と上手くいってるか?」
「うん」
二股かそれ以上のことはされてるけどね、とは言わないでおく。
「あ、のさ。……我慢とかすんなよ。辛くなったら、いつでも相談してくれよな」
……私、健一に愚痴言ったことなかったよね。
昨日の今日なので、弟の気づかいに胸を打たれる。
健一のほうに視線を向けるが、後ろ姿のためか、よく見えない。
「うん。ありがと」
そう言うと、健一は照れ臭いのか「ちょっとコンビニ行ってくる」と言って出ていった。
◆ ◆ ◆
健一が出かけてから数分後。
着信音が鳴りだしたので、携帯電話を開く。
見ると、[一之瀬美奈子]の名前が表示されている。
すぐに通話ボタンを押した。
「……何の用でございましょう、美奈子さん」
わざとらしく敬語を使えば、電話の向こうにいる美奈子は焦っているようだった。
『や、やっぱり怒ってる?』
「べっつにー?」
『ごめんっ!……だって、耐えられなかったんだもん……っ』
「だもんって……え、泣いてる?」
微かに聞こえた嗚咽に今度はこっちが焦る。
「私なら本当に大丈夫だよ?浮気がなんだ!って感じで……」
『うそつきぃっ!!』
突然涙声で叫ばれた。――耳がキーンとする。
『蛍花、アンタ自覚ないかもしんないけどさぁ、相当まいってるよぉ……?』
「そんなことは……」
『あるのっ!……だからさぁ、もう大田にしなよぉ。絶対そのほうがいいって……』
鼻を啜る音。弱弱しい声。
本当に心配してくれてるんだなぁ、としみじみ思う。
でも、それとこれとは別問題だ。
「ま、フラれた時は、ヤケ酒に付き合ってよ。美奈子」
『蛍花ってばぁ!!』
「んじゃあ、またねー」
美奈子はまだ何か言いたそうだったけど迷わずきる。
……美奈子の言葉は今の私には毒だ。
聞けば聞くほど、苦しくなる。
「……まだ、大丈夫」
それがただのやせ我慢だと、自分が一番わかっていた。