3・敵か味方か中立か
家に帰る。
玄関の前に座っている人影を見つけて、思わずため息をついた。
「健一、またプチ家出?」
2つ下で今年大学生になった弟はぶすっとした顔をした。
「プチじゃない。本格的な家出だ」
そう言って、大きなバックをバンバン、と叩く。
しかも、バックは一つではなく、三つもある。
……全部持ってきたのか、と先ほどよりも深いため息をついた。
「……アンタ、ここからだと大学遠いでしょ。帰りなさい」
「ヤダ」
健一は子どものようにプイッと余所を向いた。
……大学生がやっても、大して可愛くはない。
睨み続ける私に、健一は拗ねたようで唇を尖らせた。
「だって、春花しつこいんだよ」
その言葉に、思わず口を閉じる。
春花は私の5つ下の妹。健一に恋する乙女だ。
実を言うと、私・春花と健一は血が繋がっていない。
健一は私が小4のときに、母が再婚した現在の父の連れ子だった。
その頃幼かった春花はその事実を知らずに、「お兄ちゃんのことが好きなの」と泣きついてきたのが4年前。
血が繋がっていないことを伝えると、まるで花が咲いたようにぱぁっと明るくなった春花の顔は今でも思い出せる。
上手くいくといいな、と可愛い妹を応援していた私。
それなのに、事態は思わぬ展開へ。
「俺は蛍花が好きだって言ってんのに」
……そう、健一はどうしてだか私のことが好きだと言ってきたのだ。
◆ ◆ ◆
今では普通に健一と話ができるが、当時は本当に酷かった。
一度の告白でたがが外れたのか、とにかく私にアピール。しかも家族の前で。
両親はそれを微笑ましげに見ていたが、春花はそうではない。
仲が良かった私たちは、いつしか顔を見ることすら無くなっていた。
春花があからさまに私を避けだしたからだ。
一度だけ、二人が言い争っているのをこっそり聞いたことがある。
『お兄ちゃんのことが好きなのに!』
『それでも俺は蛍花が好きなんだ』
余所でやってくれ、と言わなかったことを褒めていただきたい。
とにかく私はそれが嫌で、家を出た。
それなのに、家を出て数ヵ月後。
健一は今日のように、玄関の前で座っていた。
◆ ◆ ◆
最初は健一を家に上げることに抵抗があった。
弟とは言っても血は繋がっていないし、実際告白されてしまったし。
それでも家に上げたのは、健一が土下座までして私に訴えたからだ。
『無理矢理蛍花に何かしようなんて絶対にしない。約束する』
実際、何度か家に上げて泊らせもしたけど、何もなかった。
彼氏ができたと言った時も、それほどショックは受けていそうになかったし。
健一も別の人を好きになったんだろうと思って、健一への警戒心は消えた。
それでも、私はきっちりと線を引いている。
小さな綻びが"合戦"の邪魔をしないように、私は慎重なのだ。
◆ ◆ ◆
脱衣所の鍵を閉めたことを確認してから、シャワーを浴びる。
……今回はいつまで居座るつもりなんだろう。
去年は夏休み中ずっと居た。
『だって、俺受験生だし。ここって静かだから勉強に最適なんだよなぁ』
……そういえば、家庭教師紛いのことさせられたっけ。タダで。
さすがにあの時みたいに1カ月もは居座らないだろう。
髪も身体も洗い終わって、蛇口をひねる。
……あ。明日の朝ごはん、どうしよう。
まあ、明日考えればいいか。
◆ ◆ ◆
「健一、次使ってもいいよ」
「う、うん」
脱衣所で髪を乾かしてからリビングに向かうと、少し健一の様子がおかしかった。
……何かやらかしたのか?と訝しげに見る。
健一はその視線に気づいているのかいないのか、そそくさと部屋から出ていった。
さっきと違うところは……と見ていると、机の上に置いてあったマグカップがない。
探すと、割れたマグカップが見つかった。――アイツ、マグカップ割ったのか。
「ちゃんと謝れば怒らないであげたのになぁ」
出てきたら正座させて説教しよう。
私はそう決意すると、冷蔵庫の中の麦茶をコップに注いでぐいっと飲みほした。