2・白旗はあげない
「彼氏が、いるから」
今度ははっきりと、迷いなく。
私は同じ言葉を繰り返す。
弱みをみせるわけにはいかない。
それは、敵に背を向けるのと同等だから。
大田は、微かに眉をひそめた。
「でも、二股かけられてんだろ」
「それでも好きだから」
「……そんな男のどこがいいんだよ」
「全部」
"都合のいい女"の私とメールもしてくれるし、デートもしてくれる。
デートだってドタキャンしたことなんて一度もないし、遅刻してきたこともない。
手も繋いでくれるし、頼めばぎゅっと抱きしめてくれる。
"都合のいい女"の私といても楽しくないだろうに、楽しそうなフリをしてくれる。
つまらなそうな顔なんて一度もしない。
彼の彼女になって4カ月が経ったからわかる。
"最低男"と言われるほどの付き合い方をしてきたのは、本気になれる女性が現れなかったから。
それだけのこと。
彼は本来、とても優しい人なのだ。
「……俺じゃダメなのかよ」
「うん」
即答する。
「……心配してくれたことには感謝する。でも、彼じゃないとダメなんだ」
大田に言いながら、自分にも言い聞かせる。
……本当は、グラリと揺れた白旗に手を伸ばしかけていた。
でも、頭に浮かんだ、どこか足りない彼の笑顔が、それを阻止する。
彼の本当の笑顔がみたい。
その欲求は、他のどんな誘惑にも負けない強力な武器だったのだ。
◆ ◆ ◆
「……わかった」
大田はそれだけ言うと、カナと一緒に帰っていく。
大田の姿が見えなくなっても、頭の中の白旗がぐらぐらと揺れ続ける。
楽になりなよ、と言われているようで、私の心もぐらぐら揺れる。
それでもただ揺れるだけだ。
ただ、私を迷わすだけ。
ぐらぐら揺れる心。
実は、この不安定な時が一番安心する。
この不安定な時が、一番、鮮明に彼の顔や声を思い出せるから。
愛されなくてもいい。本気じゃなくてもいい。
それでも、私は絶対、白旗はあげない。
「ゆうま君」
普段、呼ぶことのできない彼の名前を呟く。
大丈夫、声は震えていない。
……まだ、戦える。
――どうか、もうすこしだけ。この"合戦"が続きますように。
そう願いながらも、胸がツキリと痛む。
それが一時の痛みだとわかっていても、その痛みだけはどうしても好きになれなかった。