【番外編】3・片思いが終わるとき
正直、その時のことはよく覚えていない。
気づいたら蛍花との通話が終わっていて、呆然と立ち尽くしていた。
「あれ、今日ってエイプリルフールだったっけ?」
虚しい呟きが、部屋に響く。
当然、今日はエイプリルフールではない。
気がつくと俺は玄関を飛び出していた。
◆ ◆ ◆
酷い雨だった。
気分は最悪。それでも、俺は走って、蛍花のところへ急ぐ。
嘘だと思いたくて、冗談だと思いたくて。
……それなのに、神様は意地悪だ。
「……あ」
見てしまった。
女の顔をした蛍花と、知らない男のキスシーン。
運が悪すぎるにもほどがある。
俺は思わず笑いそうになった。
どうして俺は、蛍花が振り向いてくれると思っていたんだろう?
俺には姉の顔しか見せない蛍花が、どうして俺の方を見てくれると思っていたんだろう?
1人の男だと、認めてくれると思っていたんだろう。
俺が春花を妹としか見えないように、蛍花も俺のことを弟としか見えないということにどうして気付かなかったんだろう。
恋は盲目?……その通りなのかもしれない。
結局、ずぶ濡れになった俺はトボトボと家に帰った。
大きな傷を、胸に抱えたまま。
◆ ◆ ◆
「……で。そんな話を俺にする意味はなんだ」
「そりゃあ、"蛍花を泣かせたら俺が許さない"に決まってるだろ」
「それだけなら一言で済むだろうが……」
呆れたように呟く榊悠真。
俺の大切な人を、大好きな人を奪った男。
……そして、きっと、彼女を幸せにしてくれる男。
「このぐらい話せば俺の"許さない"の度合いがなんとなくわかるだろう?」
にやりと笑うと、榊は深いため息を吐いた。
「……なんとなくどころか、はっきりわかった」
「それはよかった」
「わかったから出てけ、このシスコン」
……なんて酷い言い草だ。
「誰のおかげで上手くいったと思ってんだ?榊悠真さん」
「蛍花」
「……即答なうえにそっちかよ……俺、結構頑張ったと思うんだけど?」
「知るか」
榊はそう言うと、ぷいっとそっぽを向く。
……こいつ、本当に蛍花と同い年かよ。
俺よりもガキっぽい態度に、笑いそうになる。
「さっきから一体なんの話してるの?」
台所で晩御飯の用意をしていた蛍花がエプロンをつけたままこっちにくる。
……一瞬で不機嫌そうだった榊の顔が、デレデレとした顔になった。
「いや、大したことは話してない」
そっけなく言っているつもりだろうが、俺にはバレバレだぞ。
澄ました顔にムカついて、俺は奴をからかうことにした。
「そうそう、ただ榊が蛍花のこと惚気てただけだから」
にやりと笑って言えば、焦る榊。真っ赤になる蛍花。それを見て真っ赤になる榊。
……これだけで真っ赤になるとは、これから大丈夫か?
蛍花が「ひ、火消すの忘れてたかも……」と言って、そそくさと台所に戻る。
目の前の榊を見ると、握りしめた拳が微かに震えていた。
「……こっの吉瀬弟!!」
「ははははっ!!」
俺の大好きな"姉さん"を手に入れたんだ。
これぐらいは許してくれたっていいだろ?
「今夜はがっつり飲むから、付き合えよ?義兄さん」
それで、俺の長年の片思いに終止符を打つんだ。
……心からのおめでとうを、二人に送るために。
【END】