【番外編】2・一方通行
それからというもの、俺は必死に蛍花にアピールした。
勉強だって、スポーツだって頑張ってるし、ルックスだって悪くない。
他のどんな女の子に告白されても靡かない。一途に蛍花のことを想ってる。
好きだ、蛍花が好きだ。蛍花だけが好きだ。
もう、恥ずかしいとかそんなこと考えてる場合じゃなかった。
蛍花に、1人の男として認めてもらいたかった。……弟じゃ、嫌だった。
余裕なんて、少しもなかった。
だから、俺は気づかなかったのだ。
……何も、気付いていなかったのだ。
◆ ◆ ◆
コンコン、とノック音。……ノックしていたのは春花だった。
蛍花じゃないのか、と残念に思いながら「何だ?」と聞く。
春花は泣きそうな顔をして、俺に言った。
「……ねえ、私じゃダメなの?お姉ちゃんじゃないと、ダメなの?」
当然だ、と思いながら頷く。
すると、ますます春花は泣きそうな顔をした。
「……お姉ちゃんは、お兄ちゃんのことなんとも思ってないのに?」
「……そんなの、わかんないだろ」
言いながら、不安になる。
……でも、いつかきっと。この想いが蛍花に届いて両思いになるはず!
そんなことを考えていると、とうとう春花の目から大きな雫が零れた。
「本当にお兄ちゃんのことが好きなのに!」
「……それでも俺は蛍花が好きなんだ」
「どうして?!私とお姉ちゃん、何が違うの?何がダメなの?どうしてお姉ちゃんなのよ?!」
わんわんと喚く春花に、何か言おうと口を開く。
けれど、その前に1階から「ご飯できたわよー」と俺たちを呼ぶ声。
春花はきゅっと唇を噛みしめると、俺から逃げるように部屋を出ていった。
◆ ◆ ◆
「……ん?蛍花、その荷物なんなんだ?」
無事、志望校に合格したらしい蛍花が、何やらコソコソと部屋を片付けていたので声を掛けた。
ピクリと微かに揺れる後ろ姿。
……卒業旅行でも行くのかな?と思っていると、蛍花はこちらを見ずに言った。
「……春から1人暮らしするから。その準備」
「は?」
聞き間違えたのかと思って、聞き返す。
蛍花はこちらを見ずに、ははっと軽く声を出して笑った。
「いやぁ、大学ここから少し遠いんだよね。
折角だし、1人暮らし始めようかなぁって。お母さんも、父さんも許してくれたからさ」
筋が通っているような気がするのに、俺は納得できなかった。
「……なんで?」
「いや、だから」
同じ言葉を繰り返そうとする蛍花。
……決して、こちらを見ようとはしない、蛍花。
その理由が、なんとなくわかった気がして、血の気が引いていく。
「……俺、そんなにしつこかった?」
「……何のこと?健一」
声色は変わらない。
……それでも、きっと俺の予想は正しいのだと思った。
このままじゃ、蛍花が遠くに行ってしまう。
真っ白になりそうな頭を動かして、どうにか蛍花を引きとめようとする。
「ごめん……でも、俺本当に蛍花のこと……」
「健一」
好きだ、という前に、蛍花はやっとこちらを見た。
「"お姉ちゃん"ちょっと準備に忙しいんだ。後にしてもらっていい?」
困ったように笑う、蛍花。……それは、はっきりとわかる拒絶。
その言葉はもう聞きたくないと、遠まわしに言われた気分だった。
◆ ◆ ◆
結局、その日から蛍花とまともに話す機会がなくて、春。蛍花はこの家から出ていった。
……ぽっかりと大きな穴があいたような、寂しさ。
会いにいきたい。でも、会いにいっていいのか、わからない。
そんなある日、おふくろが言った。
「健一。お母さん、最近貴方の成績が下がっているような気がするのよね」
「……いや、別に下がってないけど?」
いつも通りの成績なのに、おかしなことを言うおふくろ。
……一体何なんだ?と思っていると、おふくろは封筒を俺に渡す。
中を見ると、一万円札が数枚。
「夏休み中は蛍花に勉強を教えてもらいなさい。あの子、頭いいから。
……あ、そのお金はちゃんと蛍花に渡すのよ?」
おふくろはそう言いながら、蛍花が今住んでいるところまでの地図とそこまでの電車代、バス代も俺に渡す。
「春花には、お友達のところに行ったって誤魔化しとくから」
「おふくろ……」
俺は、やっと意味がわかる。
……おふくろは蛍花に会いにいく口実を、わざわざ作ってくれたのだ。
「……ありがとう」
俺は、急いで出かける準備をすると家を出た。
◆ ◆ ◆
扉の前。
震える指でインターホンを押す。……誰も出ない。
もう一度押す。……それでも、誰も出ない。
……い、居留守?!
まさか、ここまで嫌われてるとは思っていなかった俺は、念のためもう一度押す。
……誰も出ない。
一瞬で、頭の中が真っ白になる。
ツン、とする鼻を啜りながらもう一度押そうとして……止めた。
これは、もう無理だ。
泣きそうになるのを堪えて、扉を背にして座る。
もしかしたら、用事を思い出して出てくるかもしれない。
そのときは……せめて、この預かっているお金だけは渡さないと。
ずずっと鼻を啜ると同時に、何か者が落ちる音。
「……け、健一?」
そこには、スーパーの袋を落としたらしい蛍花が、目を丸くして立っていた。
◆ ◆ ◆
「無理矢理蛍花に何かしようなんて絶対にしない。約束する」
そう、土下座をしてやっと、蛍花は俺を部屋に入れてくれた。
……嘘を吐いた罪悪感が少し。
つまりは、俺は最初言った言葉を守る気など全くなかったのだ。
そういう雰囲気になったら、俺はきっと行動するだろうし。
でも、あからさまに言うと軽蔑されるだろうから、この言葉。
焦った俺の頭にしては、よく考えて言えた言葉だと思う。
そうして、久しぶりに普通に話して、ついでに勉強も教えてもらって。
俺はとても幸せだった。
いつか蛍花も俺を受け入れてくれる。
どうしてか、そんな自信があった。
そして、俺はその日が来るのを待ち遠しく思っていた。
……馬鹿だろ?
蛍花が、彼氏ができたと報告するまで俺はそう信じていたんだから。