【番外編】1・新しい家族
親父が嬉しさを隠さないまま、突然俺に言った。
『健一、新しい家族ができるぞ』
その次の日、親父が俺に紹介したのは新しい母と妹と姉。
俺と母さんと親父。
3人だけの家に、知らない女とその子どもたちがズカズカと入ってくる。
それが、俺にとってはすごくイヤだった。
◆ ◆ ◆
「健一君、おはよう」
にっこりと笑う"母"。俺はそっぽを向く。
親父がそんな俺の態度に何か言ってるけど、聞こえないふり。
――一体いつまでこの女たちはここにいるんだろう?
そう思いながら、ちらっとテーブルを見る。
行儀よく椅子に座っている"姉"は朝ごはんを食べながら、"妹"の世話もしている。
……まあ、俺には関係ないけど。
俺は机の上に置いてある朝ごはんを無視して、食パンを焼く。
それにも親父が何か言ってるけど、聞こえないふり。
――あーあ、早くこいつら出てってくれないかなぁ?
◆ ◆ ◆
学校から帰ってくると、いつも静かだった家の中がうるさい。
まだ出ていっていないのか、と思いながら溜息。
2階へあがる途中"母"が「おかえり、健一君」と笑う。
俺は聞こえないふり。
自分の部屋に入って、黙って宿題をする。
――テレビ、見てぇなぁ。ゲーム、してぇなぁ。
でも、テレビやゲーム機のあるリビングにはアイツらがいる。
いつまで俺は我慢すればいいんだろう?
下から聞こえる話声がうるさくて、耳を塞ぐ。
……どうして、死んじゃったんだよ。母さん。
何度も何度も、天国にいる母さんに問いかける。
答えてくれるわけがないことをわかっていても、問いかけずにはいられなかった。
◆ ◆ ◆
「それでね――」
"姉"がニコニコと笑いながら、今日あったことを親父や"母"、"妹"……と多分俺にも話している。
親父と"母"も、それを聞きながらニコニコしている。
"姉"の話が、なんとなく面白くて俺も笑いそうになるけど我慢。
きゅっと頬を引きしめ、黙ってご飯を口に運ぶ。
笑ったら負けだ。
よくわからないけど、そう思った。
一度、"姉"に視線を向けると、ニコリと俺に微笑む。
その笑顔に耐えられなくて、俺は俯いた。
◆ ◆ ◆
新しい"母"と"妹"と"姉"ができて、2度目の日曜日。
5人で出かけよう、という親父に俺は仮病を使った。
何で、俺が知らない人たちと出かけなきゃいけないんだ!
俺が行けないことを知ると、"母"は止めようと言う。
すると、"姉"が口を開いた。
「お母さんと父さんと春花で行ってきなよ。私、健一と留守番してるから」
は?何言ってんの、コイツ。
当然のことながら、親父も"母"も反対する。
それでも"姉"は譲らない。
「だって、父さん結構前から計画してたじゃない。それに、お母さんだって楽しみにしてたでしょ?
春花も、最近ずっと家にいるだけでつまんなそうだし。
大丈夫よ、私がそれなりに料理できることお母さん知ってるでしょ?
何かあったらすぐに電話するから。……ね?」
反対する2人を"姉"は何度も説得する。
結局、父さんと"母"、"妹"は出かけていった。
……っていうか、それまで俺は"姉"と二人っきり?
勘弁してくれよ……と思った。
◆ ◆ ◆
「健一」
部屋に戻ろうか、と思っていると姉に引きとめられる。
……って、なんで馴れ馴れしく名前で呼んでんだよ。
むすっとした顔で"姉"を見ると、ここに座りなさいと言わんばかりにぽんぽんとソファを叩く。
しぶしぶそれに従って、俺は"姉"の横に座った。
一体なんなんだ、と思っていると"姉"は困ったように笑いながら俺に言う。
「いきなり、新しいお母さんとか妹とか姉とかさ、そんなこと言われても困る……っていうか、嫌だよね」
今まで思っていたことを、すんなりと言われて俺は驚いた。
俺が俯いても、"姉"は話し続ける。
「私もね、新しい父さんと弟ができるって聞いたとき嫌だったよ。
私の家族はお父さんとお母さんと春花と私だけなのに、どうして他の人が入ってくるの?って。
お父さんのこと、お母さんは忘れちゃったの?って。
……でもね、そうじゃないんだ。お母さんはお母さんで、悩んでたの」
「……悩む?」
「うん。……お父さんが死んでまだ5年しか経ってないのにってね。いっつも、夜泣いてたの」
5年。
「……俺の母さんは、3年前」
「……そっか、それじゃあ父さん……健一のお父さんはお母さんよりももっと悩んだんだろうね」
……そういえば、いつか忘れたけど親父が泣いているのを見たことがある。
母さん写真の前で、「ごめんな、ごめんな」って何度も謝っていた。
次の日、いつもと変わらなかったから夢だと思ってたけど……
「だからね、健一」
"姉"が優しい声で俺に言う。
「少しずつでいいから、お母さんのこと認めてあげて?
私も、父さんのこと認めようって努力するから。
……健一のお父さんが選んだ人を、信じてあげて?」
結局、俺は何も言えなくて。
それでも、"姉"は文句を言わずに困ったように笑うだけだった。
◆ ◆ ◆
「ただいまー」
3人が帰ってきた。
「おかえり!お母さん、父さん、春花」
"姉"がニコニコと笑いながら、3人に言う。
……頭の中で、"姉"の言葉が響いた。
『私もね、新しい父さんと弟ができるって聞いたとき嫌だったよ』
……俺と同じ思いをしている"姉"。
それでも、ああやって親父を認めようと頑張ってる。
……俺と、親父を家族として認めようと、頑張ってる。
勇気を出して、俺は口を開いた。
「……おかえり」
小さな声だった。
でも、"母"は目を丸くして、嬉しそうに笑って。
「ただいま」
と返す。……照れ臭くなって、そっぽを向く俺。
……そんな俺の頭を、"姉"はニコニコと笑いながら撫でる。
……まだ。
まだ、"母"のことをそう呼ぶことはできないだろうけど。
いつか、"姉"のようにすんなりと呼べるようになりたい。
俺は、そう思った。
◆ ◆ ◆
今思えば、蛍花を好きになったのはこの時がきっかけなのかもしれない。
気づけば"姉"を1人の女の子と見るようになっていた。
……本当の姉じゃなくてよかった、と何度も思う。
しかも、義理とはいえ弟。情報は入ってきやすい。
蛍花に近づこうとする男たちを何度も蹴散らしてきた。
ある日、俺は"妹"……春花に突然告白される。
「お兄ちゃんのこと、好きなの!」
そして、蛍花は、そんな春花の恋を応援しようとしているようだった。
……やばい。
焦った俺は、思わず本音を漏らしてしまった。
「俺は蛍花が好きなんだ!」
……ああ、高校卒業してからっていう計画だったのに。