最終話・合戦は終わらせない
ゆうま君に、ぎゅうっと抱きしめられる。
この体勢は大好きなんだけど……レポートを書いているときは止めてほしい。
「……えっと、ゆうま君?」
「ん?」
「レポート、あとちょっとで終わるから……それまで離れてて欲しいなぁ」
「……やだ」
さっきよりも強く、ぎゅうっと抱きしめられる。
……あの日からゆうま君がなんだか変だ。
ずっとクールだったのに、甘えん坊みたいになってる。
……そ、そりゃあ嬉しいよ?嬉しいんだけど……それでも、やっぱり戸惑う。
何かあったのかな?って心配にもなるし。
最初は嫌なことでもあったのかなぁ、って思ってたんだけどね。
そういうわけでもないらしいし。
「レポートなんて、後でいいじゃん」
「よ、よくないよ!」
「……なんでだよ。土日にやればいいじゃないか」
むすっとした顔。
その言葉に、思わず固まる。
「……ど、土日は、会えないの?」
「え?」
驚くゆうま君に、赤面する私。
な、なんて勘違いしてたんだ、私!!
どうしてだか最近は土日も電話くれるから、今週もそうかな?って思って。
だから、宿題をさっさと終わらせようと思ってたのに!
勘違いというか、早とちり?とにかく、恥ずかしいっ!!
「そ、そりゃあ、そうだよね!毎週、毎週土日が暇なんてないよね。あは、あははは」
笑って誤魔化す。今頃私の顔はリンゴのように真っ赤だろう。
いけない、いけない。一緒にいるのが当たり前になってきている。
それなら、時間を有効活用しないと!
そう思って、レポートをしまおうとするとゆうま君が口を開いた。
「土日も、会ってくれるのか?」
「へ?」
どういうこと?とゆうま君の顔を見ると、子犬のようにキラキラとした目をしている、ように見えた。
……あはは、最近の私、どこかで頭ぶつけたのかなぁ?
ゆうま君みたいなカッコいい男の子が、子犬のような目をするわけないじゃない。
「……ここ最近ずっと土日一緒だから。俺、そろそろウザがられると思ったんだけど……」
「えっ、ゆうま君全然ウザくないよ?」
というか、私の方がウザがられてたらどうしようって心配になるよ。
ルールはもう守らなくていいからって言った彼に、私はとても甘えてるから。
電話は週に数回にしてるけど、メールなんてついつい毎日送っちゃうし。
ぎゅうって抱きしめるのは我慢してるけど、ゆうま君のサラサラな髪とか、温かくて綺麗な手とかつい触っちゃうし。
起きているときには言わないけど、眠っているときはこっそり「好き」って呟いちゃってるし。
……お、思い出してなんだか恥ずかしくなってきた。
「本当か?」
「うん」
あの日からゆうま君は本当に変だ。
時折、こうやって不安そうな顔をして私に確かめる。なんでだろう?
私の1番はゆうま君だよ?私の特別はゆうま君だけだよ?
ゆうま君の1番が私じゃなくても、ゆうま君の特別が私じゃなくても、それは変わらないよ?
私たちが別れるかは、ゆうま君次第なんだよ?
だから、心配する必要なんてないのに。
頷いた私を見て、ゆうま君は突然立ち上がった。
「……ちょっと、出かけてくる」
「え?」
消えた温もりに、戸惑う。
なにも、彼の機嫌を損ねるようなことは言っていないはずなのに。
おろおろとする私に、ゆうま君はくしゃりと笑って優しく頭を撫でた。
「明日、どっか遠く行くか。……で、明後日は家でのんびりDVD」
「う、うん!!」
自然と頬が緩む。……今週の土日も、ゆうま君と一緒だ!
後で美奈子に自慢しよう、とにこにこしていると、唇に落ちる軽いキス。
「レポート、今日中に終わらせろよ?」
不意打ちのキスに目をぱちくりする私に、ゆうま君はにやりと笑う。
……やっぱり、彼はカッコいい。――私には不釣り合いなほど。
私には彼を最後まで引きとめれるような魅力はない。
それでも、負け戦と決まっていたこの"合戦"を続けよう。
少なくとも、今の私はゆうま君にとって『傍にいてほしい人』なのだ。
これからの努力次第では、勝ち戦になるかもしれない。
「うん、頑張る!」
「ん。頑張れ」
そう言って、玄関から出ていくゆうま君の背中を見送る。
……頑張るよ。
絶対に、この合戦は終わらせないんだから!
私はそう決意すると、再びペンを持った。
◆ ◆ ◆
束縛するように一緒にいれば、ウザがられることは知っていた。
だから、平日はなるべく会わないで土日だけ会おうと決めた……のだが。
当然のことながら、2日で我慢できるわけがない。
それでも毎日はウザがられると思って、平日は2回だけと自分にルールを作った。
よし、これで大丈夫だ!と実行してみたが……途中で気付いた。
……休み全部を束縛されることもウザいの対象に入るんじゃないか?と。
蛍花は文句を言わない。いつも、ニコニコと笑っている。
だから大丈夫だと、俺が思っているだけで、本当はウザいと思っているんじゃないのか?
そう考えて、今週の土日は我慢しようと決めたのだが。
『えっ、ゆうま君全然ウザくないよ?』
……その言葉がどれだけ嬉しかったか、彼女は絶対にわかっていないだろう。
平然を装ってみたものの、心臓はさっきからバクバクだ。
「なんであんなに可愛いんだよ……」
思わず扉にもたれて呟く。
……全く、恋は先に惚れた方の負けって言ったのはどこのどいつだ。
蛍花の方が先に俺を好きになったっていうのに、絶対に俺は蛍花に敵わない。
もしも、俺が「別れよう」と言ったら、蛍花はきっと泣きそうな笑みを浮かべながらも「うん」って言うだろう。
でも、蛍花はしばらくしたら(もしくはすぐに)立ち直れる。
そのとき隣にいるのは、俺とは違って元々誠実な男だろう。
ここで、もしもを反対にする。
つまりは、蛍花が「別れよう」って言ったら、の話だ。
俺は絶対に「いいよ」なんて言わない。言えない。
お気に入りのおもちゃを捨てられそうになっている子どものように、わんわん喚くだろう。
俺は絶対に頷かないし、万が一別れてしまうという結果になってしまったら、俺は立ち直れない。ずるずる引きずる。
それだけならいいが、正直そのとき俺は、ストーカーになってしまうのではないかと危惧している。
……なんて情けないんだ、俺。
『うん、頑張る!』
「……俺も、頑張ろ」
蛍花に嫌われないように、遠くへいってしまわないように……そして、ずっと俺の傍に、隣にいてもらえるように。
……ひとまず、明日のデートの支払い等々、先越されないように気をつけないとな。
そう決意すると、俺は扉から離れて一歩踏み出した。