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1・思わぬ伏兵




週末。

大学が終わって家に帰る途中、携帯を見る。……彼からのメールは無い。

まあ、しょうがない。彼の中での私の立場はとても低いのだから。

たまにメールが来ることだけでも感謝すべきなのだ。

彼からのメールが無い代わりに、親友の一之瀬美奈子からのメールが届いていた。

最近オープンしたお店にケーキバイキングがあるらしい。

土曜日に一緒に行かない?というメール。私の返事はもちろんOK。

私が彼と付き合い続けている本当の理由を知っている美奈子は、こうやっていつも私を助けてくれるのだ。




 ◆ ◆ ◆




「それでさぁ、お隣がうるさいのなんのって……」

「あはは、大変だねー」

「もう、あれは騒音だよ?!あたし、訴えたら勝ちそうだわ……蛍花、家交換しない?」

「えー、やだよ!私うるさいと寝れないっていっつも言ってるじゃん」

「そうだっけ?」

「そうだよー!」



他愛のない話。美奈子はいつもこうやって気を紛らわせてくれる。

自分が思っているより、私って顔に出てるのかな、ってほど美奈子は私の心配をしてくれる。


  『本当にそれでいいの?やめなよ。蛍花の悲しむところ、あたし見たくないよ』


あの言葉にはグっと来た。多分、この"合戦"を止めようと思ったのはあれが最初で最後。

よく耐えたと思う。だって、目の前の美奈子は自分のことじゃないって言うのに今にも泣きそうだったから。

でも、続けようと思ったのも美奈子の言葉からだった。


  『振られた時は、ヤケ食い・ヤケ酒どっちにする?』


……お茶目に笑う顔も、どこか悲しげだったけど。




 ◆ ◆ ◆




突然用事ができた美奈子と別れて、私はお店から少し離れた噴水のある公園のベンチで、さっき買った缶コーヒーを飲む。

待ち合わせによく使われる大きな時計台の下を見ると、いろいろな人がいた。

暇な私は缶コーヒーをちょびちょび飲みながら人間観察をする。

携帯電話を弄りながら誰かを待つ男性。

そわそわしながら時計を見る男の子。

鏡片手に髪型のチェックをしている女性。

待ち人が来たのか手を振っている可愛らしい恰好の女の子。

……今は秋だけど、なんだか春だなぁ。

ほんわかとした気持ちになって、私は缶コーヒーをぐいっと飲みほした。


「吉瀬」


誰かの声が、私の「ぷはぁ!」と重なる。――しばらくして、誰かはぷっと吹き出した。

妙に恥ずかしくて、顔が熱くなる。誰だ、誰だ!

きょろきょろと周りを見回すと後ろから、「ここ、ここ」という声が聞こえた。

振り向くと、その誰かは犬の散歩の途中のようだった。


「あ、大田じゃん。久しぶり」

「おう、久しぶり」


大田は高校の時の同級生。所謂男友達、というものだ。

同じ大学なのに学部が違うからか、会うのは久しぶり。

犬のカナも相変わらず元気なようだ。


「待ち合わせか?」

「ううん、美奈子とケーキバイキング行ってさ、さっき別れたとこ」

「へえ。……じゃあ、この後暇?」

「暇だけど?」


一体何だろう、と思ったら、大田はリードを少し持ち上げた。


「なら、一緒に散歩しないか?」




 ◆ ◆ ◆




自分から誘っておいて、大田は何とも言えない顔をしたままなにも喋らない。

いくらか声をかけてみたのに、「ああ」「うん」――どう考えても上の空。

そろそろ公園を一周する、というところでやっと大田は口を開いた。


「あの、さ」

「ん?」



きりだす声に、迷いが感じられた。

なんだろう、と首を傾げると大田は突然立ち止まる。

進み続けようと足をバタバタさせたカナも、しょうがないと思ったのかしばらくしたら大人しくなった。


「……吉瀬が、好きなんだ」


小さい声なのに、その言葉はしっかりと私の耳に入ってきた。

……予想外の言葉に、一瞬、意識がどこか遠くに飛んでいく。

――私も好きだよ。友だちだもん。

投げつけようとして、止めた。

その言葉は決して剣にはならない。当然、盾にもならない。


「……彼氏がいるから」


鏡がないのでわからないが、きっと今の私の表情は暗いだろう。

それなのに、大田の表情には少しも変化は見られなかった。


「知ってる、一之瀬から、全部聞いてる」


……大田のその言葉はまるで奇襲のようだった。

脳裏で「ごめんね」と帰り際に謝った美奈子の顔が浮かぶ。

……とんでもないところに敵は隠れていたようだ。


「吉瀬」


熱のこもった瞳が、まっすぐこちらを見ていた。




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