18・堕落
「泊るか?」と聞いたら、「明日学校だから」と言われた。
……まあ、しょうがない。学生の本分は勉強だ。
名残惜しいが、そっと彼女を離す。
べつに、これが最後になるわけじゃないし。
「またな」と言ったら、蛍花は「うん」とニッコリ笑う。
悲しそうに見えたのは、彼女も別れを名残惜しいと思ってくれてるからだろう。
嬉しくて、照れ臭くて、俺もつられて笑った。
◆ ◆ ◆
夕食を食べて、今日の余韻にひたってにやにや。
さっきまでココにいたんだよなぁ、と思っていると携帯が鳴る。
ん?と思ってみると、[吉瀬蛍花]。
なんだろう、と思ってメールを開いた。
[「今日のカレも素敵だったわ。アナタって愛されてないのね」
一条綾香という人からのメールが蛍花のとこに届いてるんだけど、これ、どういうこと?
遊びじゃないって言うのは嘘だったのか?…そうだったら一発殴らせろ。
返信不要というか、不可。by 蛍花の弟]
「は?」
なんで蛍花の携帯で、弟がメールしてくるんだ?
……というか、それよりも。
「一条綾香って……」
急いでアドレス帳を開くと、[一条綾香]の名前を選択して電話をかけた。
しばらくのコール音。
『もー、一体なんの用?悠真』
呑気な声にイライラする。
自分のしでかしたことの重大さがわかってないのか、この女はっ!!
俺はすぅっと息を吸うと、叫んだ。
「一体どういうことだよ、姉貴!!」
◆ ◆ ◆
一条綾香(旧姓・榊)は俺の3つ上の正真正銘、血の繋がっている姉貴だ。
最近姉貴に会ったのは、4か月ぐらい前。
……まさか、そのときに蛍花のメアドを手に入れたのか?
悪戯にしては質が悪すぎる。
『あら、なんのことかしら?』
「ふざけんなよ!蛍花に変なメール送りやがって……」
激怒する俺とは違い、姉貴は平然としていた。
『……ふうん、いつもと違うわけね。悠真』
「はあ?」
一体何言ってんだ?と思っていると、溜息が聞こえた。
『≪サンキュ、姉貴。ちょうどアイツに飽きてたところだったんだよ≫』
どこかで聞いたことのある言葉に、俺は青ざめた。
電話の向こうにいる姉貴が馬鹿にするように、鼻で笑った。
『忘れたわけ?アンタが言った言葉よ。……アンタと同じ血が流れてることが人生最大の汚点だわ』
罵声を浴びせられて、俺は携帯を落としそうになる。
――そうだ。そうだった。
姉貴が俺のコイビトにメールを送るのはこれが初めてじゃない。
姉貴が結婚してコイビトのメアドを手に入れる方法がなくなったからか、なくなっていたソレ。
『で?本気になったオンナにこれが理由で別れてって言われたの?――はっ、いい気味だわ』
「まだフラれてないっ!!――蛍花の弟が、教えてくれたんだよ」
そう言って……待てよ、と思った。
どうして、蛍花は何も言わずに、弟からメールが来たんだ?
……蛍花は、他のオンナ(本当は姉貴なんだけど)がこんなメールを送ってきて、どうも思わなかったのか?
姉貴は、ゾクリとするほど冷たい声で笑った。
『へぇ、本人から聞いたわけじゃないのねぇ。――可哀想に』
「……何が、言いたいんだよ」
嫌な予感しか、しなかった。
クスリ、と姉貴が笑う。
『……良いこと教えてあげようか、悠真。――アタシね、今までに同じようなメール何十通も送ってるのよ』
――ねえ、その意味わかる?
――アンタにオンナがいても、そのこは何も感じてないってことよ。
姉貴の言葉に、嘘だ、と言いたかった。
そんなわけない、そんなはずないと叫びたかった。
だって、蛍花は俺を受け入れてくれた。拒まなかった。
――それとも、たまたま受け入れた相手が俺だっただけ?
ふと、頭に過った考えに体中の血が引いていく。
そんな俺の頭の中で、姉貴の冷たい声が響いた。
――一度イタイ目に遭うべきだったのよ、アンタは。
――これでアンタが今までしてきたコトがどんなに酷いコトだったか、よくわかったんじゃない?
――よかったわね、ちゃんと学習できて。
――お姉さまからの忠告。
――……次のこは大事にしなさいよ。
……次?
プツリと切れた電話を持ったまま、俺はしばらく立ち尽くしていた。