16・困惑
メールを送ろう。いや、やっぱり止めよう。
それを一体何度繰り返しただろう?
どうすればいいのか、今の俺にはわからなかった。
そもそも、吉瀬が今でも俺のことを好きだとは限らない。
もしかしたら、今日、なにかしらあって、大田のところへいってしまったかもしれない。
俺は何もしないでほおっておくべきではないだろうか。
そして、吉瀬が俺をフルのを待つべきなのではないのだろうか。
というか、この場合俺からフルべきなのだろうか。
どうすればいい?どうしたらいい?――俺は、どうしたいんだ?
携帯を見つめる。……吉瀬からも、大田からも連絡はない。
……これが報いなのだろうか。
積もる苦しさに耐えかねて、俺は目を閉じた。
◆ ◆ ◆
吉瀬が目の前にいる。
俺に向かって微笑み、小走りで近寄ってくる。
抱きしめたい。
そう思って、手を伸ばしたのに。――吉瀬は俺の横を通り過ぎた。
振り向けば、大田に抱きつく吉瀬。
「……吉瀬?」
声が震える。
俺の声を聞いて、吉瀬は大田を抱きしめたまま振り向いた。
頬を赤く染め、にっこりと綺麗に笑う。
『バイバイ』
◆ ◆ ◆
はっとして目を開く。
部屋は薄暗い。時計を見ると、夜中の11時だった。
「……夢、か」
でも、あながち間違いではないのかもしれない。
急にツン、と鼻が痛くなる。――ああ、やばい。
「……好きだ」
惹かれる、どころの騒ぎではない。
……好きなのだ。吉瀬が。1人の女として。
「嘘だろ……」
自分の口から発せられたとは思えないほど、情けない声だ。
迷ってる場合じゃなかった。
もっと早くに吉瀬との関係を断つべきだったのだ。――吉瀬のために。
「……どうしろって言うんだよ……」
俺のエゴを貫くのか、吉瀬のために身を引くのか。
「……吉瀬」
俺はどうすればいい?
◆ ◆ ◆
真っ暗い部屋の中、うっすら見える天井を見つめる。
夜はまだまだ始まったばかりだと言うのに、眠れそうにない。
そして、タイミングを計ったように携帯が鳴りはじめた。
[大田直人]……その名前を見て思わず顔を顰める。
取りたくない、だが、取らなければいけないのだろう。
震える指で通話ボタンを押す。
「……もしもし」
声が震えないように気をつける。
しばらくの静寂の後に、大田は言った。
『……お前、最低だよ』
泣きそうな、声だった。
◆ ◆ ◆
黙っていると、向こう側からため息が聞こえる。
そのため息はとても震えていた。
『俺、さ。告白した。吉瀬に』
「……そう、か」
『……なあ、榊。吉瀬の返事、知りたいか?』
「……ああ」
素直にそう言うと、大田は深いため息を吐く。
『フラれた。俺じゃ、ダメなんだってさ』
フラれた。
その4文字を聞いて、ひどく喜ぶ俺がいた。
吉瀬は、大田のモノになってない。
その事実が、今の俺には最高の幸せだった。
『……榊』
「なんだ?」
幾分か楽になった俺とは違い、大田の声は沈んでいるようだった。
『お前さ、安心してるだろ。俺がフラれて』
図星を指されて、何も言えなくなる。――態度に出ていたのだろうか?
大田は何度目かのため息を吐いた。
『吉瀬と別れたくないなら、態度で示せ。榊。……吉瀬にあんな顔させ続けるなら、無理やりにでも奪うから』
大田は乱暴にそう吐き捨てるように言うと、そのまま電話は切った。
……"あんな"顔?
その言葉の意味を問いかけても、もう、大田には届かない。
吉瀬は、大田の前でどんな顔をしたのだろう。
いくら考えても思いつかない。
――俺の記憶の中の吉瀬は、いつも笑っていた。