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14・呆然




同じ大学・学部である友人の大田直人はいい奴だ。

俺の友人のほとんどが俺と似たような性質――まあ、つまりはオンナグセが悪いのだが、大田は違う。

誠実で、気が利くし、面白い。そして、とてもピュアな奴だ。

大抵そういう奴は俺のようなタイプとは関わりたくないらしいのだが、大田はそんなことは気にしない。

何度か大田の友人が大田に俺なんかと付き合ったら勘違いされるぞ、と言われているのを聞いたことがある。

そんなとき、大田はいつも笑って言うのだ。


「榊は女が絡まなきゃいい奴だよ」




 ◆ ◆ ◆




そんな大田が、今、険しい表情で俺を睨みつけている。

右手には携帯。通話中のようで、そこから「ちょっと、大田聞いてんのっ!?」と女の金切り声が聞こえた。


「……なんで、吉瀬なんだよ」


吉瀬。

その名前に、酷く動揺している俺がいた。


「榊、誰でもいいんだろ?――なんで、吉瀬なんだよ」

「……告白、されたから」


俺は、そうとしか返せなかった。それ以上、何も言えなかった。

大田の表情がますます険しくなる。


「他にも女、いるんだよな?」

「……彼女は、吉瀬だけだ」

「でもセフレはいるんだろ」


いた。――でも、それは過去だ。

信じられないことに、吉瀬に惹かれはじめてから他のオンナの所に行かなくなった。……否、行けなくなったのだ。

だが今までの行いからして、そう言っても嘘としか思われないだろう。

黙っていると、大田はそれを肯定ととったらしい。

大田は、険しい、でもどこか悲痛な表情をして、俺に言った。


「吉瀬と別れてくれ。榊」


頼む、と懇願する大田。

それでも俺は黙ったままだった。




 ◆ ◆ ◆




土曜日。

いつのまにか昼になっていたようだ。

携帯を開くと、大田からの着信が数件。

掛け直すつもりはない。

俺には大田以外にも友人はたくさんいるし、大田もそうであろう。

そもそも、仲良くなったこと自体がおかしかったのだ。

そう自分に言い聞かせてみたものの、スッキリしない。

大田の存在は思っているよりも大きかったのかもしれない。

適当に朝食(いや昼食か)を摂ると、ジャージに着替えて外に出た。

雲ひとつない青空。

なのに俺の心は霧がかっているようにぼんやりとしていた。




 ◆ ◆ ◆




噴水の音を聞いていると安心する。

本当は潮の流れる音の方が好きなのだが、海は遠いからこれで我慢する。

もやもやとした心を洗い流してくれる音だ。

目を閉じて噴水の音に集中する。

すると、俺の耳は別の音を見つけた。


「吉瀬」


その音とほぼ同時に、「ぷはぁ!」という音。――しばらくして、ぷっと吹き出す音も聞こえた。


「あ、大田じゃん。久しぶり」

「おう、久しぶり」


吉瀬と大田の声。……その瞬間、頭が真っ白になった。


「待ち合わせか?」

「ううん、美奈子とケーキバイキング行ってさ、さっき別れたとこ」


みなこ……女の名前。

そこで、そういえばと昨日のことを思い出す。

大田の持っていた携帯から、女の金切り声が聞こえていた。

……まさか、その女がみなこ――吉瀬の友人で、そいつが仕組んだのか?

吉瀬と大田を会わせるために。――俺と吉瀬を別れさせるために。

そう思って、ぞっとした。


「へえ。……じゃあ、この後暇?」

「暇だけど?」

「なら、一緒に散歩しないか?」


大田は犬を連れているのか、きゃんきゃん、と吼える声も聞こえてくる。


「いいよ」


吉瀬がそう答える。しばらくして、遠ざかる足音が耳に入ってきた。

頭に浮かんだのは、昨日の大田。


  『吉瀬と別れてくれ。榊』


――トラレル?

それに気づいたのに、俺は何もできなかった。

……する資格を、俺は持っていなかった。




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