0・合戦の始まり
恋は一種の"合戦"だ。
好きなヒトを手に入れるためなら、何だってする。
例えるならば、浮気に、略奪愛に、横恋慕。
どれも他人からすれば小さなことでも、当人たちにとっては譲れない"合戦"である。
さてさて、どうして冒頭にこんなことを述べたのかと言うと、私もそんな"合戦"をしている1人だからだ。
そして、この"合戦"が負け戦だということを私は知っている。
"合戦"の敵である榊悠真を好きになった理由は実にシンプルだ。
何もないところでこけてしまった間抜けな私の落としたプリントを拾ってくれたこと。
「気をつけろよ」と言いながらプリントを差し出してくれた彼の顔を、私は今でも思い出せる。
恋するキッカケなんて大抵小さなこと。
白馬の王子様が迎えに来なくても、すぐに始まるのだ。
好きになって1年後。
ちょうど彼女と別れたというのを聞いて告白。
無事OKをもらい、私は彼の恋人にさせてもらった。
……え?それなら勝ち戦じゃないのかって?――ところがそうじゃない。
私の"合戦"の始まりはここからなのだ。
意味がわからないのは当然。
なぜなら、私は重要なことに一切触れていない。
まあ、ここまで来たらなんとなく感じるものはあるだろう。
―――榊悠真は生来の女好きなのだ。
来るもの拒まず去る者追わず。付き合った女数知れず。泣かせた女数知れず。
彼女は必ず1人で、絶対に二股はしない――らしいけど、どうだろう?
"夜だけのオトモダチ"がたくさんいる時点で二股だと思うんだけど。
……で、大抵彼の"それ"に付き合っていた恋人たちは去っていく。
たまにそれでもいいという奇特な恋人もいたらしいけど、「私だけを愛して欲しい」というようなことを仄めかした時点でプッツン。
最短記録10日、最長記録4カ月とあまり長続きしないらしい。(ちなみに、その4カ月は私。現在更新中)
まあ、世間一般的に言う"最低男"。
……そんなオトコ止めてしまえって?
それができないのかオンナゴコロってやつだ。わかってほしい。
好きになった理由もシンプルだったけど、この"合戦"の勝ち負けもなかなかシンプル。
彼が私に本気になって他の女のところに行かなくなったら勝ち。
何かしらの理由で別れることになったら負け。
今のところ、引き分け……なのだろうか?
彼には未だに"夜だけのオトモダチ"がいるし、私は最長記録を着々と更新している。
そりゃあそうだろう、何せ私は"都合のいい女"。
デート時にはお財布になるし、
愛が欲しいとか駄々捏ねないし、
二股だって、三股だって、黙認してあげてるし、
必要とあらば夜のお相手だってしてあげるつもりだ。(まあ、今のところはいらないらしいけど)
こんな彼女をわざわざ振ろうとするだろうか?いいや、彼ならしない。
だからこそ、私はコツコツバイトでお金を貯めてるし、悲しいとか辛いとか顔に出ないように笑顔の練習だってしてるし、愚痴は部屋の壁にして
ストレス発散してるのだ。
……え?それじゃあ絶対に本気になってもらえない?勝てるわけがない?意味が無い?
そんなの知ってる。知っててやってる。
何せ、私ははなっから勝つつもりなんてない。
むしろ、負けることを望んでいる。
だって、私は見たいのだ。
「別れてほしい」と懇願する彼を。
二股のような中途半端ではない、本気の恋愛をするところを。
全てを捨ててもいいと思えるような女性に彼が出会えたその瞬間を。
私はどうしても見たいのだ。
例え、その相手が自分じゃなくても。見ず知らずの他人でも。それでもいい。
"よかったね"って心から祝福したいと思える、彼が見たい。
そんな彼を見てからじゃないと、私は次に進めない。
……だから、例えこれが負け戦だとしても、私は戦い抜くことを誓う。
それが、どんなに辛い"合戦"でも、どんなに苦しい"合戦"でも、どんなに悲しい"合戦"でも。
幸せを手に入れた彼を見るためなら、私は耐えられると思うんだ。