一話 異世界転移
日も暮れ夜の帳が降りる中少し慌てて駅の改札を抜ける。
薄暗く静けさが支配する夜のホームを早足で歩きながら停車している電車に乗り込む。
なんとか間に合ったかと一息つきながら角の座席に腰を降ろす。
終電間際の電車に揺られながら車両の中の様子を垣間見る。
人も疎らで少し寂しくも感じる中物思いにふける。
明日からの休日の時間をどう使うか考えながら一人呟く。
「読めてない新刊でも消化するか、見たい映画も幾つかあったな。部屋の掃除
も・・・・・・」
仕事の疲れの所為だろうか、電車の振動が心地よく感じ次第に少しずつ意識が遠のいていく。
微睡む意識の中、遠くからアナウンスの声が聴こえた気がした。
心地よい風が頬を撫でる感覚で目を覚ます。
瞬間透き通るような青い空が目に入り慌てて起き上がる。
辺りを見回すと膝丈程の草が風に靡きながら一面に広がっており、遥か地平の先には巨大な山脈が聳え立っていた。
まるでファンタジーの世界に迷い込んだ様だ。
余りにも非現実的な光景に目眩を覚えながらも言葉を漏らす。
「い、いったい何が起こって?さっきまで電車に乗っていたはずだろ」
震える声で言いながらも改めて周辺をしっかりと確認する。
目を凝らして注意深く観察していると遠くの方に草の途切れている箇所が見える、道だろうか?
またかなり遠く離れているが物影の様なものも見える。野生動物か?
観察を続けていると不意に風の音に乗って鳴き声の様な音が聴こえてきた。
「勘弁してくれよ、こんな状況で野生動物なんかに襲われたら一溜りも無いぞ」
迫り来る不安に怯えながらふとポケットにあるスマホの存在を思い出しそれを手に握り確認する。
スマホ上部に表示される圏外の文字に落胆しつつホーム画面を眺めているとふと見慣れないアプリが目に入った。
【ステータス】そう表示されている簡素なアイコンに怪しさを感じながらも妙に目を引かれ、気付けば手が勝手に動きアイコンをタップしていた。
スマホの画面表示が切り替わり表示された画面を目視する。
名前
福家 士門
クラス
召喚士
年齢
27
レベル
1
ステータス
STR 5
INT 10
VIT 5
MND 10
DEX 10
AGI 5
スキル
言語理解 無属性魔法 召喚魔法 杖術
そこにはゲームのキャラクターのステータス画面の様な物が写し出されていた。
それだけなら間違えて変なゲームでもダウンロードしてしまったかとも思えたがそこに書かれた名前や年齢は間違いなく自分のものと一致していた。
こんなゲームの様なものに登録した覚えもないし、馬鹿正直に本名や年齢を入力などしていないと言い切れる。
ならばこれは何だと頭を悩ませていると先程の景色が頭を過り荒唐無稽な考えが口からこぼれ落ちる。
「異世界に転移、した・・・・・・? そんな馬鹿な」
読書が趣味で乱読家気味な為様々な本に手を出しておりそういったジャンルも読んではいるが現実に起こり得るとは全く思ってはいない。
しかし一度思い浮かんだ考えはなかなか消えてはくれなかった。
改めてスマホの画面に目を戻すと表示が切り替わっていた。
考え込んでいた時に 手が触れていただろうか、そう考えながら画面に目を移す。
魔法
マジックボルト1 サモンホームドアEX
魔法、余りにも現実離れした言葉に思考が緩む。
【マジックボルト】名前からして攻撃する魔法で良いのだろうか? ファンタジー小説なんかだと魔力を矢にして攻撃している描写があったかな。
続けてもう一つの魔法に目を向け考える。
【ホームドア】直訳すると家の扉かと思いながらもどのような魔法だろうかと妄想する。
家でも呼び出せるなら今の危機的状況も少しは打破できそうだ。
等と思い耽っていたがはと我に返る。
そんな夢物語など考えてもしょうがない、今の状況をどうするか現実的に考えなくてはと意識を切り替え様とするがなかなか上手く行かない。
それならばいっそ試してみても良いのではなんて考えがよぎる。
とは言うものの魔法などどうすれば使えるのか全く思い付かず頭を捻る。
小説ではどうだったか等と考えながらも呟いてみる。
「サモンホームドア」
唱えてみるもなにも起こらず少しいたたまれない気持ちになりうつむき掛けた瞬間眩い光が発生し直ぐ収まると共に目の前に扉が現れていた。
目の前の光景に一瞬意識が飛んでしまうが気を取り直し目の前の扉に目を向ける。
見たところ特に可笑しなところは感じられない。
妙なオーラや光も放っていないし扉の奥から怪しげな音なども聴こえてはこない。
ただ何もない草原の真っ只中にポツンと倒れもせず佇む扉という異様な光景に目を瞑ればの話だが。
緊張しながらもドアノブに手を掛ける、軽く開けようとすると特に抵抗も無く扉が少し開く。
鍵は掛かっていない様だ。
意を決して扉を開ける。
その瞬間光に包まれて視界が真っ白になる。
直後、草原に立っていた扉は姿を消し風が草を撫でる音と遠くから聴こえてくる鳴き声や虫の音だけが残っていた。