落ちるほうき星
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
気づいたら、今年も残り3カ月程度といったところか。
こーちゃんはさ、年始に決めた目標はもう達成できそうかい?
――そもそも設定していなければ、達成も達成できなくもない?
うーん、人それぞれだけど、大丈夫なのかなあ、それ?
いざ振り返ってみた時、自分としてはダラダラした一年になっていることを、実感してしまうことにならない?
え? 僕の目標?
そうだなあ、僕だと「彗星をつかむこと」かなあ。
ははは、そりゃ聞いてみると変な顔をしたくもなるよねえ。
なにか比喩的な意味合いか? まじめに考えると一年どころか、もっと長い時間のかかることのように思えるよね。
でも、こいつは僕のこれまでの生涯で2回だけ、経験したことのあるものなんだ。その3回目を味わいたいと思って、毎年の目指すものに挙げているんだよ。
実際に彗星をつかんだときの話かい?
うん、振り返っても奇妙な体験だったさ。
1回目は小学生のときくらいだったかな?
僕のいう彗星は流れ星と違い、しばらくの間、空へとどまるものを指す。
報道もされる大掛かりなものじゃなく、夜空で目を凝らせば観測できる、ほんの数秒ほどの光の滞在さ。大きさだって、普段見る流れ星と大差ないサイズだよ。
そんなもの、見たことないぜと思うかもしれない。けれど、僕の目には確かに映ったんだよ。
存在は幼稚園児のとき、流れ星を知った時から確認していた。
話を聞いて、実際に流れ星を家で見てみようと思ってさ。親に許される限界まで、星空を眺めていたんだ。
漏れ出て、空の観測に支障をきたす部屋の明かりをさえぎり、僕はベランダから空を眺めていた。
大小さまざまに散りばめられ、色もまた多岐に渡る種類の輝きを見せる星々。
聞いていた流れ星は、一瞬で飛び去ってしまうとのこと。3回、お願いごとができれば、その願いが叶うというおまじないが、とても現実的とは思えないほど。
そう聞いていたものだから、はじめてその星を見た時は目を疑ったよ。
光が弱く、あたかも暗闇が大半を占めるそのスペースへ、にわかに強い光を持つ別の星が現れたんだからね。
飛行機などとは思わなかった。光は黒ずんだ空の途中から、不意に現れたのだから。もし飛行機とかなら空のずっと端から地続き、もとい空続きに姿を見せるはずだ。
その星は右上から左下へ緩やかに下っていき、その動いた後に光の尾っぽを残していく。
話と異なり、悠長に空へとどまっているそれを、しばし僕はぽかんと眺めてしまった。
その光は、周囲の星々を圧するほどに強く、網膜に強く強く焼き付いたんだよ。すぐ目の前に星があるかのような、そんな感じを覚えてしまうほど。
つい僕は手を伸ばしていた。落ちていく星、その先端にある輝きを手のひらへ握り込んでしまうようにね。
すると、どうだ。
光の尾はどんどんと薄れて、消えてしまう。そして空を下っていた星の光は、いつまでたっても僕の手のひらの先へ出てこない。
あの速さなら、もう通り抜けていておかしくないはずの時間経過。それがないとは、どういうことだろう。
僕は握った手のひらを、顔の前で開いてみる。
一瞬、目がくらむ強い光が放たれた。
つい顔をそむけてしまい、ややあって戻したときには、僕の手のひらには光のおさまった、消しゴム程度の大きさの石が乗っかっていたんだ。
しかし、それもつかの間。
手のひらを微動だにさせていないのに、石はぱっと姿を消してしまったんだ。
いや、見間違いでなければ消えたというより、底の方から手のひらの中へ、落下するようにうずまったと称したほうがいいかもしれない。そんな動きだった。
明かりの下で見る手のひらに、異状は見当たらなかった。爪で引っかいてみても、手をよく洗ってみても、あの石が出てくるようなことはなかったんだ。
――流れ星を捕まえたんじゃないか。
この時の僕は、そう思ったんだよ。
けれど、変化は翌日以降に現れる。
風呂に入るとき、素っ裸になった自分の身体を鏡に映して思う。
以前は、これほどほくろがたくさんあっただろうかと。
今まで、さして気にしていなかったことに関心が向くのだから、そうとうなものだと思う。
試しに僕は、身体の前面に浮かぶほくろを大小問わずに数えた。固まるもの、散らばるものを問わず、何度も数え直すこともしてね。
それはまるきり、昨夜の空に浮かぶ星を数えるかのごときこと。そして翌日の風呂でも、ほくろの数を調べてみたんだ。
増えていたんだよ。数にして四つから五つほどね。
新しく加わったそのほくろたちは、遠慮がちな薄い色はしていない。いかにもベテランといった香りをかもし、しょっぱなから色が黒かった。
そいつらが新しくできたものだと確証を得るのに、もう数日かけてしまったほどだ。
それからも、緩やかな早さではあるが僕の身体のほくろは増え続けた。いい具合に散らばっているし、毎日つぶさに見ていなくてはその異様さは実感しづらい。
親に相談しても、ほくろ程度なら健康に支障は出ないだろうと、事態を重くは見てもらえなかった。
確かに健康上、目立った被害はない。しかし確実に増えていくほくろは、風呂へ入るたびに気をめいらせてくる。
――もう、ずっとこのままなんじゃないか。
ゆったりと、ごませんべいのようになっていく身体を見つめながら、僕は落ち込みかけていたよ。
その転機は小学校の高学年になったときに訪れた。
修学旅行で夜遅くまで起きて、罰ゲーム付きの遊びをした人はそれなりにいるだろう。
僕もこの時に参加していたんだけど、首尾よく一抜けできてね。他のみんなが盛り上がっている中、部屋の隅へ寄って窓から空を眺めていたんだ。
そのほんの短い時間だった。
いくらも星の数を数えないうちに、あの時にみた流れ星――尾を引いて流れるから、もうこの時は彗星と思っていたけれど――とそっくりな星が現れたんだ。
今度は、そうと意識をしなかった。あのときやったのと同じように、落ち行く光の軌道を塞ぐようにして、僕は手を伸ばして握り込んでいたんだ。
やはり、星は出てこないまま。尾もさほど時間をおかずに、薄れて消えていってしまった。
そうして、開いた手のひらの上には、何年ぶりかになるあの石の姿があったんだ。
今度は光を放たなかったのだけれど、それがかえって僕にはフェイントとなって効いた。
警戒し、また顔をそむけかけたところで、石はまた僕の身体へ潜り込んでしまったんだ。
しかし、今度はそれだけじゃなかった。
僕が顔を戻してから、ほどなく。再び開いていた手のひらの上へ、石がとうとつに姿を見せたんだ。
今度は、潜り込む前に見せていた黄色をもとにした色合いじゃない。ぽつぽつと黒い斑点をまぶした、それこそごまのお菓子のような姿だったんだ。
またも目を丸くしてしまう僕の前で、石も再び姿を消す。
見間違いでなければ、それは僕の身体へ潜るようにではなく、飛び上がるかのような軌道に思えたんだ。
次の入浴時に確かめてみると、僕の身体のほくろは減っていた。
あの体験をして以来、ほぼ毎日様子を見ていたから、その変わりようにもすぐ気づけたよ。しかし、まだ当初の状態には戻りきっていない。余計なほくろが、依然として存在している。
宇宙ものの物語を読むようになっていた僕は、幼稚園のころの最初に掴んだあれが、宇宙船のようなものだったんじゃないかと、ひそかに思っている。
調査する役割を帯びている、ね。つまり、僕の身体が調査の対象さ。その彼らの存在と調査結果がほくろとして現れたんじゃないかと。
そして二度目に現れたあの星は、彼らの帰還用の船。それで戻った者もいたが、残った者もいたのだろう。
だから三度目の船をきっちりとらえ、自分の身体を元に戻す。
もう何年も目標にして、果たせていないことなんだけどね。