第34話 照れ隠しで恥を晒すんじゃねえよ
「良かったな、星」
「うん! 本当に……良かった。口に合ったみたいで。チーズが嫌いな人とか居たらどうしようって思ってたから」
星がそう言って笑顔を見せてくれた。
「……でも、まだ分からないからね。向こうもかなり料理が上手いみたいだし……」
「……まあ、向こうも料理は出来るみたいだが。でも、星なら大丈夫だ」
根拠は無い。相手の料理がどれだけ美味しいのかも分からないから。
しかし。
「……星がどれだけ試行錯誤を重ねて作ったのかは分かる。だから、大丈夫だ」
星の努力が食べるだけで伝わってくる。
肉とチーズのバランスが。焼き加減が。それらを殺さず生かすためのソースも。
「全部分かる。伝わってるからな」
「ん……ありがと、未来君」
星は笑顔を見せてくれた。……しかし、俺のすぐ隣に居た零が珍しく難しい表情をしているのが目に入った。
零が…………本当に珍しく。真面目な顔をして俺を見た。
「みーちゃん、あのさ――」
「さあ! ここで冬華の肉じゃがが出来上がったぞ!」
しかし、零の言葉は飛輝の言葉に遮られた。
俺が……鈍感系主人公ならば零の発言を後回しにしただろうが。
「なんだ? 零。言ってくれ」
零が真面目な顔をしている。これがどれだけ緊急事態なのか分からない訳が無い。
「えっと、全部説明するのは時間が無いからやめておくね。……一つだけ、言わせて」
零が俺の目を見て。手を握った。
「今はみーちゃんの事を知ってる人がいっぱい居るから。私だけじゃない。あーちゃんも星ちゃんも彩夏ちゃんも知ってるから。みーちゃんの事は」
「……? 何を「だから」」
「みーちゃんはもう昔とは違う。それだけ覚えていて」
意味は分かっていない。だが、言われた通り覚えておこう。
俺は頷いた。
「さあ! 審査員には早速食べてもらいます! それと先程西綾星の料理を食べてもらいましたので、準備が整い次第審査に入ります!」
料理の味は上書きされやすい。忘れないうちに入るという配慮だろう。
向こうへと肉じゃがが運ばれる。それと同時に……俺へも運ばれてきた。
「はい、これ。アンタの分。感想は別に要らないわよ。美味しいなんて事分かりきってるし」
「おぉ……凄い自信だな。ありがとう」
姫内から皿に少し盛り付けられた肉じゃがを受け取る。姫内はすぐに飛輝の元へ戻って行った。
「……まあ。それじゃあ食べてみるか。星も食べるだろ?」
「あ……うん。貰いたいかな」
……と。そうしていると、審査員の方ではもう食べている所だった。
「おお、美味ぇ。なんかほっこりする味だ」
「優しい味です。ですが、安心出来る味です」
「うん、美味い」
「いくらでも食べられそうな味だね」
「ほんとだ。美味しい」
……かなり好評のようだ。
俺の方でも一口食べてみる。
「……確かに美味いな。肉も柔らかくてジャガイモもほろほろだ」
「……」
「だが、俺は星のハンバーグの方が好きだぞ。ほら、星。食べてみてくれ」
俺はスプーンでじゃがいもと肉を掬って星へ差し出す。
「……ぁ。これって」
「……いいから食べてみろ」
今更間接キスで恥ずかしがるのか。こいつは。裸で部屋で侵入してくるのに。
星は俺が差し出したスプーンをぱくりと口に入れた。
「……ほんとだ。美味しい」
「だろ?」
星は少し不安そうな顔をしている。
「大丈夫だ。星」
俺は星へそう言う。大丈夫だ。確かに向こうも料理を練習しているはずだが。
星だって努力を重ねてきているのだから。全くもって負けていない。味だって俺は星の料理の方が美味いと思う。
「審査員はそれぞれどちらにするか決めたようです! ご安心ください。今も音声が繋がっていた通り、相談などは無しでやっています。念の為、目を瞑って合図と共にそれぞれ『ハンバーグ』と『肉じゃが』とかかれた札のどちらかを上げてもらいます」
思わず胃がキュッとなった。
大丈夫だ。大丈夫だって言ってるだろ。
なのに……どうしてこんなに胸がザワつく? さっきの零の言葉か?
「それでは! 審査員。一斉に札をお上げください!」
飛輝が……言った。
スッ……と。札が上がる。
結果は――
「……結果は! 三対二で肉じゃが……姫内冬華の勝利です! よくやったぞ! 冬華!」
姫内の。勝利だった。
星がふらりとよろけた。
「星!」
皿を隣に居た零へ渡し、星を受け止める。
「……あはは、ごめん、未来君。負けちゃった」
「謝らないでくれ。星は頑張って作っただろうが。よくやった」
星を受け止めながらそう言う。……しかし。
スクリーンの向こうから審査員へのインタビューが行われていた。
「えー。それでは冬華を選んだ三人に質問です。決め手となったのは何なんでしょうか? やっぱり味でしょうか?」
……と。星は悔しさに顔を歪ませながらも。自分の何がいけなかったのかと。耳を傾けた。
とても強い。……星は折れていなかった。
この時までは。
「いやあ。チーズINハンバーグも美味しかったんですけど。でもあれって子供騙しですよね」
……何を言ってるんだ?
「あ、それ俺も思った。昔母ちゃんが入れてくれてたから好きなんだよな。よくよく考えてみりゃ冷凍でも味美味いもん」
……何…………を。
「肉じゃがに比べて手間も掛からんしな。どちらがより愛情が篭ってるかと言えば断然肉じゃがだろうさ」
言って……
…………ああ。そうか。零が言っていたのはこういう事か。
努力が認められない。影の努力など結果が出なければあって無いようなもの。
あの時の記憶が蘇った。努力なんざ見ていない奴には伝わらないと。
だけど、一部には伝わるだろう。味の調整など。食べる人が食べれば分かったはずだ。
だが…………チーズINハンバーグだと。一部の人はこう思うのかもしれない。
結局、料理の味をチーズで誤魔化しているのだと。星はそう思われている。
美味いのはチーズであって、このハンバーグという料理では無いと。チーズに逃げたのだと。思われている。
星が唇を噛み締めた。
「みーちゃん。私が「零」」
飛輝の元へ向かおうとする零の腕を掴む。
「お前ってずっとこんな気持ちだったんだな」
努力を否定される。その事がどれだけ辛く、苦しい事なのか分からない訳では無い。
今まで何度も何度も何度も何度も。否定されてきたから。
だが、これは初めてだった。
大切な人の努力が否定されるのは、こんなにも、どうしようも無いくらい腹が立つのだと。
「俺が行く」
「……みーちゃん。だい、じょうぶ?」
「過保護か。……確かに嫌な事も思い出したが。そんな事より大事な事がある」
零の目を見た。
「あの時の俺にお前が必要だったようにな。俺が星の助けになりたいんだよ」
そして、俺は歩き始める。
「星。お前は誰よりも頑張ったんだ。だから自分を否定するな。俺のようになるな」
「……う、ん」
こんな言葉が響かない事は知っている。……あの時の俺がそうだったから。
……零もこんな気持ちだったんだな。
「飛輝。そのマイクを貸してほしい。結果に文句を言うわけじゃないから安心してくれ。誤解を解きたいだけだ」
飛輝は俺を見た。
「……すまない」
「なんで勝ったお前が謝ってんだよ。これ、スクリーンの向こうにも聞こえるか?」
「ああ。聞こえるようになっている」
「なら丁度いい」
飛輝からマイクを受け取る。
「あ、あー。聞こえてるよな」
マイクが繋がっている事を確認し、俺はまず初めに。
「最初に言っておく。今飛輝に言った通り、別に結果にとやかく言うつもりは無い。……だが、そこの男子共の言葉に誤解を産みそうな発言があったから。その訂正をしたいだけだ」
あくまで冷静に。感情的になるのは逆効果だ。
「楽をしている、だったか。愛情が篭っていない、だったか。……冷凍でも美味い、だったか」
自分で言っていて腹が立ってきた。
「星はな。このハンバーグを作るために何度も何度も何度も何度も改良を重ねてきてるんだ。肉の美味しさが消えないようチーズの種類を変えてみたり、配分を変えてみたり。そのソースだってチーズと肉の味が打ち消されないよう改良されてるんだ」
……感情が昂りすぎないよう。息を吐いた。
「味の好みだとか、どっちが美味しいかとか。……料理対決なんだし、それで決着が着くなら分かる。だが、三人とも。お前らは味について言及したか? そこのお前。本当にこのハンバーグが冷凍食品と同じ味だと思えたのか?」
分かっている。そこまで含めての料理対決なのだと。
結局、愛情が篭っていると分かりやすい、家庭的な料理で、作り手によって差が出やすい肉じゃがを選んだ向こうが勝つのは当たり前なのだと。
だが。それで。
星の料理が手抜きだとか、愛情が無いなんて事は思われたくない。
せめて、彼女の努力はわかって欲しい。
「確かに、審査員や会場の人からすれば分かりにくい努力なのかもしれない。でも、それでも。この結果に至るまでに星が何回ハンバーグを作ったのか、俺にも検討もつかない。……それだけ頑張った彼女へ向ける言葉としては相応しくないと。それだけ言わせて欲しい」
言わば……甲子園で負けた球児達に。
『努力が足りていないから負けたんだ』
などと言ってくる野次馬と同じような事を言っているようなものだ。しかも……審査員に言われているのだ。
努力だけでどうにかなる世界なのか? そんな世界ならばどれだけ楽だったか。
いや、違う。そもそもが違うだろう。
それが頑張った選手達に向ける言葉では無いのだ。ただ、人を傷つける言葉なのだ。
『惜しかった。よく頑張った』
『努力していたもんな。悔しいな』
と。言って欲しいんだ。努力を認めて欲しいんだよ。
当然、結果は大事だろう。結果を付けるべき審査員ならば当然辛口になるのかもしれない。
だが。
「星が作ったハンバーグは美味かったんだろ? なら、せめて。それを認めてから、姫内の肉じゃがの方が美味かったとか。ハンバーグはチーズの味が濃すぎたとか。ソースが合わなかったでも良い。せめて、そんな事について話をして欲しかった」
なのに……無いだろう。
愛情が篭っていないなど。……あれだけの頑張りがそんな言葉で片付けられるなど。
「わ、私は!」
その時、一人の少女が声を上げた。
星に票を入れてくれた女子だ。
「私は、分かってたよ! このハンバーグ、お肉もちゃんと美味しかったし、チーズもソースも合うって。すっごい頑張ったんだって伝わってきた」
「私も! もちろん肉じゃがも好きだったんだけど。こう、どれも配分を間違えたらハンバーグの味が喧嘩して、ぐちゃぐちゃになるはずなのに。こんなに美味しく作れるんだって。伝わってきたのが決め手だった」
俺は……思わず目を見開いた。
……ああ。良かった。
「うん、肉じゃがはもちろんほっとする味で、とっても美味しかったけど。味の伝わり方がこう、ガンって来たっていうか」
ちゃんと。伝わる人には伝わってくれていた。
……俺も必要なかったのかもしれないな。……俺が言わなくても、この二人が言ってくれていたのかもしれない。
「……未来。少し、マイクを」
「……ああ」
とりあえず、伝えたい事は伝えられたつもりだ。
飛輝へマイクを返す。
「一つ、謝らせて欲しい。申し訳ない。……【得意料理】というのはジャンルの幅が広すぎた。……それと、審査員を無作為に五人、というのも良くなかった。場合によっては好みだけで勝敗が決まってしまう。とてもでは無いが、それは【料理対決】とは言えない」
飛輝が頭を下げた。
「悪いのは俺だ。俺の考えが甘かった。すまなかった……だが、改めて問いたい。そこの三人。……今の話を聞いて、西綾星の作ったハンバーグにも愛情が込められている事は分かったはずだ。……改めて、再審を「飛輝、それは良い」」
飛輝の言葉を遮る。
「どうあれ、最初に上がったものが結果だ。何の色眼鏡も無い状態で、平等な。今だとどうしても星に感情が傾くはずだ」
俺は飛輝へとそう言う。
「……分かった。だが、これは言わせてくれ。俺は今の言葉を加味した上でも当然冬華の肉じゃがの方が美味いと思ってるからな」
「はっ。何言ってんだ? 星のハンバーグの方が美味いに決まってるだろうが」
飛輝と睨み合い……笑う。
「……また今度、冬華の方が美味い料理を作れるんだって証明してやるからな」
「こっちのセリフだ。星の方が美味い料理を作れるって証明してやるよ」
そして……俺はそれを最後にして、星達の元へと戻ったのだった。
◆◆◆
「みくるく゛う゛ん゛ごべんでぇ゛! わだし゛、よわぐっで」
「落ち着け星。言葉を覚えたての怪物が負けた後みたいな事になってるから」
脇目も振らず泣きながら抱きついてくる星を抱きしめながら言う。
「星。という事だから、リベンジマッチの練習もしような。一緒に」
「う゛ん゛!」
涙混じりの星に苦笑しつつもそう言った。
「みーちゃん」
「……零」
「濡れた。責任取って私と夜のマッチしよ」
「台無しだね。割と見直してたんだぞ? 今」
「つい照れ隠しで……」
「照れ隠しで恥を晒すんじゃねえよ」
「お兄ちゃん! じゃあ私とは朝のマッチね!」
「新に関しては株が下がり続けてるからな? 分かってる?」
「えへへ……そんな。馬鹿な子ほど可愛いなんて」
「言ってないから。このポジティブシンキングの化身が」
「え、えっと……星ちゃん。お疲れ様でした。リベンジマッチの手伝い、ボクもしますからね!」
「うぅ……あやかちゃん!」
「こういうのだよ。お前ら二人も見習え」
などとやっていると、遠くから歩いてくる人影が見えた。
それは……姫内だった。
「……西綾星」
「……何?」
姫内は星を見て……そして。
「……正直に言うよ。…………アンタのハンバーグ、ヒュウっちから一口貰ったけど。完敗だと思った」
「……!」
その言葉に星だけでなく俺まで驚いてしまった。
そして……更に驚く事に。姫内は頭を下げた。
「アンタを偽ギャルなんて言ったことは謝罪しておくわ。ごめんなさい」
「……ううん。それは本当だから」
「いいえ……あれだけ料理に真剣に向き合っている人に投げかける言葉では無かった。そんなの、真のギャルじゃない」
……舞台裏で何があったのかは知らないが。まあ、俺が口を挟む事でも無いだろう。というか真のギャルってなんだ。
「……まあ、もう良いよ。気にしてないし」
「そう言ってくれるとありがたいわ」
星の言葉に姫内が息を吐いた。
「とにかく、次こそ思い知らせてやるわよ。私の方が上だって。ヒュウっちの方が上だって」
「……ふん。未来君の方がかっこいいし。そっちのイケメンなんかには負けないから」
先程とは打って変わってバチバチと視線を交わしていた。
……まあ。もう落ち込んで無さそうだし良いか。それに……
言い合っている間も楽しそうにしていたし。
◆◆◆
姫内が戻ってすぐの事だ。
「ふふふ。遂に私達の出番だよ、あーちゃん」
「やっとだね、零ちゃん」
「嫌な予感しかしない。新しい友情も生まれたという事でお開きにしない?」
「もう、みーちゃんったら。そんなシリアス回の次にギャグ回が来るみたいな顔しちゃって」
「そうなんだよ。今回シリアス回だっただろうが。温度差やべえぞ」
しかし、そう言っても帰る事は許されない。
「ふふ。みーちゃんに……ううん。三人に見せてあげる。本物の完全試合ってものを」
「私も頑張るからね! お兄ちゃん! お兄ちゃんの黒歴史十六号とか聞かれても答えれるから!」
「やめて。俺死ぬから。というか俺が覚えてねえよ」
俺はそう言いながら……ため息を吐いたのだった。
次回は荒れそうだ。




