第32話 男は度胸と愛嬌って言うでしょ! 女は財力だよ
「やった……やりましたよ! 未来さん!」
「あ、ああ。凄いぞ、彩夏」
彩夏が感極まって抱きついてきた。まだオタクが抜けてないので心臓が危ない。
「大丈夫だよ、みーちゃん。みーちゃんが倒れたとしても人工呼吸改めディープキスの準備はいつでも出来てるから」
「頼むから人工呼吸をして? なんで舌入れた?」
「その方が気持ちいいかなって……」
「救命措置に快楽を求めようとするなよ……不謹慎にも程があるだろうが」
「じゃあ私はお兄ちゃんの雄っぱい揉むね」
「話聞いてた? 聞いてないよね? 頼むから心臓マッサージして?」
「ふふん! お兄ちゃんとの会話は一言一句覚えてるもん! 0歳の時から!」
「尚更悪いわ。というかもっと有意義な事に脳を使え」
……と。話していると、彩夏が俺を抱きしめる力が強くなった。
「ご、ごめんなさい。……でも。今は。今だけは。ボクを……ボクだけに夢中になってください」
「ア……スキ」
やべ、思わず内なるオタクが。
「えっ……」
しかし、彩夏の顔はみるみる赤くなっていき……
「いや、その、今のはだな。つい本心が出てしまったというかなんというか」
「あっ……」
彩夏は自分の顔が赤くなってると分かっているのか……顔を隠すように俺へ顔を埋めた。
「は? くっそ可愛いが?」
あ、やぺ。……もう黙ってろよ俺。
「……!」
彩夏の抱きしめる力が更に強くなった。
「……嬉しいですよ」
「お、おう……」
ポツリと呟かれた言葉に思わず目を逸らしてしまう。
そうしていると……零が何やらジェスチャーをしていた。
頭を……撫でろ……? はぁ!?
いやいやいやいや。そんな畏れ多い。
よく考えてみてくれ。めちゃくちゃ信仰の強いお坊さんが大仏様の頭を撫でると思うか!? しねえよ!?
(つべこべ言わずさっさと撫でる、みーちゃん)
(そうだよ! お兄ちゃん! 男は度胸と愛嬌って言うでしょ!)
つかお前らの存在もあったな!? というか生霊新は男に厳しくねえか!? ちょっと女には何が必要なのか気になるじゃねえかよ。
(女は財力だよ)
養う気満々だな! ヒモにする気かよ。
(ま、まんまんだなんて……そんな、みーちゃんのえっち)
そういやお前零の煩悩の具現化だったな。
(さっき本体に呼びかけられた事でより強くなりました。今はもうみーちゃんのみーちゃんの事で頭がいっぱいです)
ド変態が。
(んっ……急にご褒美なんて……)
霊体が感じてんじゃねえよ。
……という事はさておいて。
零達に急かされ……俺は。恐る恐る、彩夏の頭へと手を置いた。
一瞬彩夏の肩が跳ねたが……受け入れてくれた。
「よ、よく頑張ったな。偉いぞ、彩夏」
そしてそう言えば……彩夏は身体を震わせた。怒らせてしまったかと思ったが。
彩夏が顔を上げた。その顔は……なんというか。嬉しくて堪らないとでも言いたげだった。
「……あれ。私だったら多分嬉ションしてる」
「私も……あんなのお兄ちゃんにされたらしちゃうよ」
「女の子がそんな事言わない」
俺がそう言うと彩夏がピクリと動いた気がする。……まさかな。いや、まさか。
「……そういえば。今更なんですけど、これがご褒美なんですかね?」
「そんな訳ないだろ。俺ははやる気だけで労働力を搾取するようなブラック企業とは違うぞ。……見返りはかなり少ないだろうが」
それこそ、彩夏の生歌なんて何百万の価値がある。……いや、それをギャラリーで分ければ一人数千〜数万位まで落ちるとは思うが。
ただ推しに貢ぐとなればそれも吝かでは無いが。なんなら投げ銭しても良いが。今は違うだろう。
友人として……俺を好いてくれた者として。感謝の印を示したい。
「まあ……今すぐという訳にはいかない。今度……これが終わってからまた機会を設けるぞ」
「……分かりました。楽しみにしてます♪」
彩夏はやっと俺から離れた。いやもう。心臓バックバクでしたとも。
ちなみに、今は会場の整備中だ。舞台に簡易のキッチンを用意するらしい。すごいなほんと。
そして、会場から無作為に五人選ばれて別室へと連れていかれた。男子が三名。女子が二名だ。男子は狂喜乱舞し、女子は普通に喜んでいた。星は男女問わず人気ではあるからな。まあ、人気な分敵も多いが。今回は敵では無さそうだ。
「ふぅ」
星は目を瞑り、静かに息を吐いていた。
「まあ……そりゃ緊張するよな」
「うん。ある程度視線とかは慣れてきたけど……やっぱりこれだけの人数だとね」
体育館だから、詰めれば千人くらいは入るだろう。そこまで入っているとは思わないし、一階の方は俺達や飛輝のチームの休憩場所となっているので入れる数も限られている。しかし、二階からも見られるので、五百名近くは居そうだ。
「星ちゃんなら大丈夫だよ。星ちゃんは私達の中で一番美味しいってみーちゃんに言われたんだよ?」
「言い方が卑猥だ。ハンバーグの話な?」
「……私達をハンバーグにするの? みーちゃん。やっと私達と一つになりたいって思ってくれたんだね!」
「考えうる限りで最悪の選択肢を選ぶのやめない? 普通伝わるよね」
「私に常識が通用するとでも?」
「ドヤ顔で言うな」
デコピンをしてみるが嬉しそうにしている。もう末期だ。
俺の場合はこれで落ち着くが……当たり前の事だが、星はこんな事で落ち着かない。不安そうな顔をしている。
「もし、私が負けたら……ううん。こんな事考えちゃダメだよね」
星が首を振ってどうにか前向きになろうとする。
「星」
だから俺は、名前を呼んだ。
「お前の性格がネガティブ寄りだった事は分かってる。無理に自分を繕わないでくれ」
「で、でも……」
「大丈夫だ。なるようになる。後には零達も控えてるし、気楽に行ってくれ。……あの時俺にハンバーグを作ってくれたみたいにな」
そう言って笑えば、星は……少しぽかんとした後に笑ってくれた。
「……うん、そうだね。ありがと、未来君。でも頑張ってくるよ。……どうせなら圧勝したいじゃない?」
「はは。その意気だ。頑張ってこい」
そして、見計らったかのように。アナウンスが流れ始めた。
「会場の準備が整いました。西綾星様と姫内冬華様は舞台裏へとご用意ください」
「あいつの声色どうなってんだよ……実は声優だったりするのか? ……まあいいか」
本当に飛輝がやってるのか? と思えるくらい落ち着いた声が流れた。しかし、絶妙に飛輝だと判別出来るので気持ち悪い。
「それじゃあ星、行ってこい。お前なら勝てるぞ」
そう言って背中を押せば……星は笑った。
「うん、行ってくるよ!」
◆◆◆
程よい緊張感だ。まだあんまり慣れてないけど……うん。大丈夫。
「随分遅かったじゃん? 偽ギャルさん」
舞台裏へ入ると……いきなりそう声をかけられた。
「また随分なご挨拶だね。姫内ちゃん?」
「ふん。自分では隠せてるつもりなんでしょうけど。私の目は誤魔化せないわよ。滲み出てるのよ。陰湿なオーラが」
「へえ……初対面なのにズカズカ言ってくるんだ」
「腹が立つのよ。アンタみたいに中途半端なのは。……しかも、そんなナリで私に……私達に勝てるなんて思ってるとかさ」
とても鋭い視線だ。……でも、言いたい事はなんとなく分かる。
私も最近、似たような思いをしたから。
……浜中静。
私は彼女が嫌いだ。別に何かがあった訳では無い。
……昔の私みたいに未来君への好意を持っていて。零ちゃんや私が居るのにお構い無しで未来君とベタベタして。未来君もちょっと楽しそうで。
昔の私を未来君が選ぶんじゃないかって思ってしまって。
まあ、それも杞憂だったんだけど。……どっちの私も良いって言ってくれたし。
……? という事は。
「もしかして、姫内ちゃんも昔は陰キャだったり?」
「否定はしないわよ。だから腹が立ってるの。……中途半端な癖に。私に本気で勝てるって思ってるその眼が。あんな中途半端な男がヒュウっちに勝ってるって本気で思ってるその眼が」
鋭い視線に射抜かれた。……そんな彼女へ。私は微笑み返す。
「……私は姫内ちゃんの事、あんまり嫌いじゃないけどね。理想のギャルって感じで」
「ふん。ヒュウっちの隣に居るなら常に理想を目指さないといけないのよ。アンタとは違ってね」
その言葉に少しだけムッとする……けど、言葉を重ねるのはもう良いだろう。
「なら私が勝って証明するよ。……私が。私達と、未来君が貴方達より上なんだって」
「ふん。そっくりそのままお返しするわよ」
そうして睨み合っていると、名前を呼ばれた。
私と姫内ちゃんは舞台へと向かったのだった。
◆◆◆
「さあ! ここで細かいルール確認をしておきます!料理時間は一時間! 先に出来上がった方から審査員に食べていただきます! 種目は【得意料理】です! それ以外にルールは無し!」
飛輝がそう言った。……というか、大丈夫だろうか。なんか星と向こうのギャル……姫内だったか。険悪な雰囲気だったが。
「そういえば彩夏は向こうの東城と中は良いのか?」
「あ、はい。番組でご一緒させて貰ったこともありますし。世間では私達が【ヤンデレーズ】を食い潰すなんて言われてますけど。時々グループ同士で遊びに行くぐらいには仲良いんですよ」
その情報は俺も初耳だった。
「……という事は。東城がじゅりりんだって気づいてたのか?」
「はい。……隠してるみたいだったので言いませんでしたが。すみません」
「ああ、いや。責めてる訳では無い。驚いただけだ」
それにしても良い情報を聞いた。今度【nectar】と【ヤンデレーズ】の出ている番組をチェックしよう。
「あ、お兄ちゃん。始まるよ」
「ああ。ありがとう」
舞台へ目を向けると……星と目が合った。ニコリと微笑まれ、手を振られたので振り返す。
それを姫内が見て何故か不機嫌な顔をした……かと思えば、すぐに笑顔を見せて飛輝へと手を振っていた。
「……さあ! 御両名。準備はよろしいかな?」
飛輝がそう言うと、二人は頷いた。
「それでは! 第二回戦、料理対決の始まりだぁぁぁぁ!」




