第31話 ああ! お兄ちゃんの目舐めようと思ったのに!
今日まで連続投稿します
「99.372点! これは勝負は決まったか!? いくらあの彩夏ちゃんと言えどこの点数を越す事は無理じゃないか!?」
などと飛輝がほざく。
「たたたた、たかが、ききき99.372点じゃないか。あああ彩夏なら余裕で150点くらい出すだろ」
「いや落ち着いてよ、未来君」
「えっちなことして上書きする? 雄っぱい揉もっか?」
「……今ならこっそり下ろしてもバレないんじゃ」
「バレとるわ。やめろ、零の手つきがエロいんだよ。ゾクゾクするわ」
「ふふ。すぐに気持ち良くなるよ……」
「ああもう! 星!」
「はいよーっと」
どうにか零と新を退ける。
「……でも、もう落ち着いたでしょ?」
「くそ……腑に落ちないが落ち着いたよ! ありがとな!」
このやり取りが心の平穏に繋がってしまうのは本当にバグか何かだと思う。
「それに彩夏ちゃんなら大丈夫だよ。だって、みーちゃんを選ぶくらい見る目はあるって事だもん」
「……逆に安心出来ねえなそれ」
「ふふ。見てれば分かるよ。さ、始まるよ」
「さあ! 次も皆さんお待ちかね! 彩夏ちゃんの出番です!」
そう飛輝が言ったのだった。
◆◆◆
心臓がドキドキする。……自分の耳で自分の鼓動が聞こえてしまうくらいうるさい。
もしかしたら、今までで一番緊張しているのかもしれない。
……でも、不思議と嫌じゃなかった。
だって、緊張の底には未来さんの姿があったから。
未来さんのために緊張しているんだって思えば。思わず頬が緩んだ。
ああ。ボク、今までで一番楽しく歌えるかもしれない。
「彩夏さーん、出番です」
「はい!」
音響さんらしい人に呼ばれて――
ボクはステージへと上がった。
◆◆◆
「ア……スキ……ウ゛ッ゛(絶命)」
「Oh……She is a goddess」
「Yeah……W゛o゛oo(Die)」
「彩夏ちゃん……すっごく可愛い。ね、未来く……未来君!?」
『どうかしたのか? 女神だよな、ほんと』
「みーちゃんみーちゃん。魂出てる」
『えっ』
そういえば体が軽いなと思えば。俺は倒れていた。幽体離脱的なあれか。初めて体験したぞ。
「……このお兄ちゃんを虫かごにいれて世話したい」
『やめて! というか見えてるの? え?』
「なんか見えるよ」
「私も。なんかみーちゃんっぽいのが居るなって思ったらみーちゃんだった」
『えぇ……?』
とりあえず戻らねばと。そう思っていたのだが。
『あ、これやばい。昇天する』
「あ、みーちゃんが飛んでいく」
あ、抗えない。逝く! 逝っちゃう!
「イクの!? お兄ちゃん!?」
『お前はこんな時でも平常運転かよ!? ……あ、三途の川』
「という事で呼び戻します」
俺は無いはずの足を掴まれた。……見れば、もう一人の霊が……じゃなくて零が。
『えっ……まさかお前』
『ふふ。やっと逢えたね。みーちゃん』
『やっぱりイマジナリー零かよ!? というか本当に居たのか!?』
『あ、私も出てみたよ。お兄ちゃん』
『もうやだ。おうちかえる』
自分の体の中に帰ろうとした時だ。
『待て。どうしてお前らも一緒に入ろうとしてるんだ?』
『……? だって、入らないとみーちゃんの心に住み着けないし』
『出ていけ! 帰れ!』
『やだ。というか早くしないと彩夏ちゃんの歌進んじゃうよ?』
『なに!?』
見れば、もうすぐ最初のサビに入る。くそ、サイリウム持ってくれば良かった。死にかけてたせいでコールのタイミングも完全に逃してしまった。
『……後で絶対追い出してやるからな』
『ふふ。出来るものならね』
『強キャラ感出すのやめて! あと新もこっそり入ってこようとするな!』
『まあまあ。そう硬いこと言わずに。えいっ』
『あ、てめ、入りやがったな!?』
『早く入ろ、みーちゃん』
『ああもう! 後で覚えておけよ!』
そして、俺は自分の体へと戻った。
「み、未来君!? 大丈夫……じゃないよね、救急車、救急車呼ばなきゃ」
「ああ……いや、大丈夫だ。ちょっと昇天しかけただけだ。零達に言いたい事が山ほどあるが……まあ今は彩夏の歌を楽しもう」
とりあえず俺は言葉を噛み殺し、彩夏の歌へと集中した。
曲の名前は、『君だけに夢CHU♡』だ。アイドルっぽい曲だと思ったな? 実際そうだ。
だが、彩夏が歌う事で。その歌に殺傷性が出てくる※出てきません
見ての通り、普通の男子高校生ならば天国へと昇ってしまうほどの威力※そんな事ありません
「あぁ……好き」
「み、未来君が限界化してる」
思わず口に出ていた。しかし、あまり星の言葉は耳に入ってきていない。
さあ、来るぞ……この曲最大のファンサが……投げキッスが!
「ボクは……君だけにむっCHU♡」
「ア……」
思わず倒れた。……もう、終わっても良い……
「ダメだよ、みーちゃん。彩夏ちゃんの曲最後まで聞きたくないの?」
「めちゃくちゃ聞きます聞きたいです聞かせてくだアッ」
「限界化と冷静化が交互に来るのちょっと面白いね」
ダメだ。彩夏が可愛すぎる。好き。もう。ああもう。
「お兄ちゃんがオタオタしてる……」
「……これでよく彩夏ちゃん振ったよね、みーちゃん」
「目の前に信仰している神が居ればどうする? しかも好きだと言われる。畏れ多いだろうが」
「え? 掘るよ?」
「そうだった。この子こういう子だった」
そう言いながらも彩夏は歌って踊り続けている。
歌は当然めちゃくちゃ上手いし、踊りもハイクオリティとかそういう次元を越している。
【nectar】の曲の中ではパフォーマンスでバク宙やバク転をするものもある。かっこいいパフォーマンスも出来るし、可愛いダンスも出来る。もう好き。
「もうこれ点数5000兆点上げない? 足りないかな?」
「やばい。ツッコミがボケに回った。もしかしてツッコミ不在? いや、でも零ちゃんならきっと――」
「ふふ。私はみーちゃんに無量大数点あげるよ?」
「あ、ダメだ。なんでもいいからいちゃつきたいモード入ってる。……新ちゃんなら!」
「今ならお兄ちゃんのお兄ちゃんを触ってもバレない……?」
「学ばないね。新ちゃんも」
新の手を叩きながら俺は彩夏を見る。瞬き? んなもんするかよ。時間がもったいない。
間奏に入ったのでこの曲の概要を説明しておこう。この曲は一人の女の子が恋をして、恋というものに。そして、相手の男の子に夢中になっていくというものだ。女の子は頑張ってメイクの仕方を覚え、ファッションなども気にし始めて。どうにか男の子に話しかけるけど、男の子は気づかない。鈍感系主人公なんざ滅んじまえ。そんな男の子にやきもきしながらもアピールを続ける。男の子の趣味を聞いたり、デートに誘ったり。しかし、男の子は気づかない。クソが。気づけよ。こんなに可愛いんだぞ。そして、男の子の事を考えるあまり授業中もポーっとして、家でも気がついたら男の子の事を考えたりして。頑張って撮った二ショット写真にキスをしようとしたり……というのがサビのアレに繋がる。はぁぁぁぁ。可愛い。そして、二番からラスサビにかけてはどうやったら気づいて貰えるのか思い悩む歌だ。ああもう、男の子気づけよ。耳ついてんのか? 俺の貸してやろうか? 聞こえないはずの声まで聞こえてくるけどな『『呼んだ? みーちゃん(お兄ちゃん)』』呼んでねえ。この女の子の悩みが意地らしくて。この曲は彩夏が中心となって歌うのだが、彩夏の演技力も相まって可愛いがkawaiiとなる。くっそかーわいー! だ。わ〇るマンだ。ちょっと古いな。まあそれは置いといて。演技力で思い出したが、彩夏は演技力も凄まじい。ドラマに抜擢されるほどだ。ただ、事務所の方針でキスシーンは無い。そう報告された時、どれだけの数の全国民が狂喜乱舞し壁に頭を打ち付けたか。俺もその一人だ。そう。それでだな。今やってるドラマにもちょい役で彩夏が出てきてるのだが、ちょい役のはずなのに某SNSではトレンドに上がってしまうほどで――
「みーちゃん。そろそろ二番始まるよ」
「はっ……助かる」
という事で二番が始まった。……ああ、可愛い。きゅーといずかわいい。
「お兄ちゃん……どうしてそれを彩夏ちゃんに言ってあげないの……?」
「言えるわけ無いだろうが。こんなオタク気持ち悪いと思われるだけだろう。思う分には犯罪じゃないが口に出さば犯罪なんだよ」
「みーちゃんが卑屈すぎてとんでもない事言ってる……」
というかやばい。目が乾いてきた。
「大丈夫? みーちゃん。唾液で濡らそっか?」
「新しいプレイ思いつくのやめてもろて」
「じゃあ涙で。間接涙だよ?」
「意味不明の極地行ってるな」
だがまあ……しかし。これでめちゃくちゃいい所で目を瞑るよりは良いだろう。瞬きをした。
「ああ! お兄ちゃんの目舐めようと思ったのに!」
「だから君達特殊すぎない?」
そうして、二番が終わった。焦点は合わせていなかったが、得点バーからも外してなかったように思える。というか得点バーが合わせに来いよ。あ?
「みーちゃんが厄介オタクに……」
「……ねえ、今更だけどさ。零ちゃんって未来君の心読めるの?」
「えぇ? 星ちゃんは読めないのぉ?」
「うっざ。何今の。うっざ」
なんか後ろでやってる。まあいいか。無視だ無視。
「今ならお兄ちゃんに痴漢……」
「させねえよ。隙をつこうとしてくるんじゃねえ」
「ふふ。私もお兄ちゃんの事好きだよ?」
「さてはお前ら俺と話す時だけIQ100ぐらい落としてるな?」
ああ。彩夏可愛いし歌上手いしダンス出来るし……無敵なのでは?
「ア……ファンサたすかる゛っ」
「こわい……未来君が壊れてるよ……でも未来君の違う一面が見れて嬉しくも感じてるよぉ……」
「ふふ。……でも、やっぱり彩夏ちゃん歌上手だね。ダンスも可愛い」
「そうだよね。テレビで見るのよりももっと可愛く見えるもん」
全力で頷きたい。なんか今日の彩夏はいつもより輝いている気がする。だが、視界がブレるし目もすぐ乾くのでやらない。
「本当に凄いよね。やっぱアイドルには勝てないや」
「……単純な容姿の可愛さだけで言えば。お前らも負けてないとは思うぞ」
「!?」
「デレた! みーちゃんがデレた!」
「録音しといてよかった……編集して『やっぱり新が一番可愛いよ』って言わせて睡眠&集中用BGMにしよ」
「それはもう原型が無いんだよ」
とかやっていると……ついにラストのサビだ。彩夏コールが起きている。という事で便乗。
「あ!や!か!あ!や!か!」
彩夏が俺に気づいてくれたのか……(オタク特有の勘違い)ニコリと笑いかけてくれた。死ッッッ。
「だが俺は耐え――「君だけに夢CHU♡」アッ」
投げキッスが俺へと飛んできた(オタク特有のry)
「みーちゃん……さっきから思ってたけど勘違いじゃないよ。というか彩夏ちゃんがみーちゃん以外にするはずないし」
零の言葉を意識的に無視しながら、俺は彩夏を見続ける。
そして……
「君に……CHU♡」
歌が終わった。俺の命の灯火も……ここまでのようだ。
『ふー! ふー!』
「おうん、凄い。命の灯火に息吹きかけられる初めての感覚が」
「未来君って時々意味分からないこと言うよね」
「だいたいイマジナリー……いや、零の生霊のせいだ」
そう星へと返しながら、俺は彩夏を見て微笑む。
彩夏は……実に楽しそうに、俺へと手を振っていた。
◆◆◆
「お疲れ、彩夏」
「はい! ずっと見ててくれましたね。未来さん」
「ああ。見てたぞ、ちゃんと。死にかけるぐらいには」
「差が凄い……彩夏ちゃん、みーちゃん心の中でめちゃくちゃ限界化してたからね。それはもう、今まで見た事ないぐらいに」
「零さん!? なんでバラすの!?」
思わず零へと言ったが……彩夏は。とても嬉しそうな笑顔を見せていた。
「ふふ。ありがとうございます。ボク、とっても嬉しいですよ!」
「ア……ヨカッタデス」
彩夏に手を取られて思わずそんな反応をしてしまう。
と、その時だ。
「結果発表へと移ります!」
飛輝が画面上でそう言った。俺は彩夏と目を合わせる。
「あの……手、握ってて良いですか?」
「あ、ああ……」
彩夏が手を握っ……握っ!? こ、これ、恋人繋ぎじゃ……
「ふふ。未来さんに私の初めて。奪われちゃいましたね」
「カヒュー」
変な息の吸い方をしてしまった。肺に穴でも空いたのかもしれない。
「それでは点数の発表をします!」
その言葉に意識を取り戻す。彩夏の手を握る力が強くなった。
ドラムロールが鳴る。……先程は無駄に金かけてるなと思っていたが。今はやけに緊張する。
「さあ! 彩夏ちゃんの点数は……」
ダン、と。ドラムロールが終わりを告げ――
「100……点」
と、そう。画面に映し出されていた。




