007 天月歌子の夢
天月さんに促され、1-A教室でお話をすることになった。
「あの……改めてお願いなんですが本当に秘密にしていてください! 偉大なオペラ歌手の娘である私が、本当はオペラよりアニソンの方が好きでぶっちゃけアニソン歌手になりたいだなんて知られたら厄介なことにぃ……」
知らなかった新情報までつらつらと話してしまう天月さん。テンパりすぎて空回りしているようだ。
「も、もちろん黙っているよ。話すメリットもないし」
「そんなことはありません! この秘密をタネにお金を要求されることだって覚悟の上です! 慎見さん、庶民とのことなので!」
「庶民をなんだと思ってるんだか……」
かなり不名誉に思われているのは事実なようだ。
「でも話は聞きたいかな。こんないい学園にアニメ好きがいると思っていなかったし」
「慎見さんもアニメがお好きなのですか?」
「うん。サブスクは入れないしグッズも原作も買えないけど、アニメだけは見てる感じ。古いテレビでね」
「それは嬉しいです。同志の方と出会うのは初めてなので」
そうなのか……私が中学で少しだけ話をするくらいの仲の人はだいたいみんなアニメ好きだったな。それがお嬢様学園になるとアニメ好きを探すだけでハードモードになるのか。
「それで? オペラ歌手じゃなくてアニソン歌手になりたいんだ」
「は、はい。でも叶わぬ夢です。父はもう私のことをオペラ歌手にするのは既定路線だと考えていますし、なにより2世としてテレビ出演もしてしまっています。世間の皆さまの期待を裏切るわけにもいきません」
諦めたように話す天月さんの瞳はとても辛そうだった。白いまつ毛が夕陽に照らされ、あまりに美しい様相を見せつけてくる。
もちろんアニソン歌手になればルックスと歌の実力からして大人気になれるだろう。ただオペラ界としても巨星の娘を手放すわけにはいかないみたいだ。
「まぁ現実にはあるよね、やりたくないことをやらなきゃいけないってこと。私のお母さんも先月まではやりたくない仕事に就いていたわけだし」
「そうなんですね……なら私も……」
「でもだからって、すべてを投げ出すのはもったいないと思う」
「え?」
「今って他業種の中での交流も盛んに行われているわけじゃん? だから天月さんがオペラ歌手になったとしてもそこでアニソン歌手になることができないとはイコールにならないと思うんだ。とびきりすごいオペラ歌手になって、いつか「大物新人アニソン歌手」みたいな売り文句でアニソンデビューしたらさ、盛り上がると思うよ」
「慎見さん……」
「だからアニソン歌手になるって夢、諦める必要はないと思う。少しだけ遠回りになる気がするけどさ、オペラ歌手を極めた先に……真の夢が叶う。そんな気がするよ」
私が精一杯のフォローをして微笑むと、天月さんはくるっと回って顔を背けてしまった。
あれ? なんかまずいこと言ったかな……と思ったけど数秒後に振り向いた天月さんは笑顔だった。
「ふふ……ありがとうございます。なんだか私、将来が楽しみになってきました!」
「それなら良かった」
ほんの少しだけ、天月さんの頬が夕陽と同じ色をしていた気がした。
現実的な妥協と、夢追いを歩む天月さん。彼女は私に惚れた「お嬢さま」なのだろうか。
答えを出すのはまだ、早すぎるかもしれない。