006 天月歌子の歌
入学式と自己紹介が終わると早速授業……なわけでもなく、今日はこれにて解散となった。
みんな丁寧に挨拶をして、高級車や外車に乗り込み帰路につくか、熱心な生徒は部活動の見学に向かっているようだ。
「結衣さん、お家までお送りしますよ」
「あぁいいよ。おつかい頼まれているからさ」
「おつ……かい?」
「あー……帰りに何かを買って帰ること。そういうわけだから!」
じゃ! っと言って学校を飛び出した。
別にエレナと帰りたくないわけではなく、本当におつかいを頼まれているのだ。まさか「おつかい」というワードが通じないとは思わなかったけど。
私は100均に行って、ソーイング用品から糸を手にした。お母さん曰く、スーパーで使うエプロンに名札を縫い付けたいから糸が欲しいとのことだ。
「しまった、筆箱を机に入れたままだ」
特に宿題が出ているわけでもないので、そのまま帰っても問題ないのだが……なんかモヤモヤするので学校に戻ることにした。
100均の袋はこの学園には似合わないほどにチープだ。だから袋ごとカバンにしまってやった。
筆箱を机の奥から引っ張り出し、よし帰ろうと思ったところで、教室のベランダから美しい高音の声が聞こえてきた。
「あ〜〜〜…………」
たんだんと萎むようにその声は小さくなっていった。しかしかなりの長い時間を高温でキープしていたその喉の技術に驚きだ。
「夢☆星☆集めてキラキラ、もっと青春弾けて〜♪」
「……!?」
耳を疑うとは、まさにこのことだ。
綺麗な高音の前置きから、続いた歌はまさかの……アニソン! しかもこれは結構ガッツリしたオタクが観るタイプのアニメのオープニングソングだ。
声の主は間違いなく出席番号1番の天月歌子さんだろう。これだけ特徴的な声の子はいないし、何よりさっきまでの綺麗すぎる高音はオペラをやっているという彼女にぴったりだ。
ただ今はそんな美声の持ち主がアニソンを熱唱している。まぁ広い学園だから、聴こえているのは私くらいだろうけど。
なんとなく耳にしてはいけないものなような気がして、私はそっと教室から出ていこうとした。
しかしそんな時に限って、机の脚に引っかかってそこそこ大きな音を立ててしまう。私のドジ! アホ!
「だ、誰かいるんですか?」
当然のように私の存在はバレてしまい、出ていかざるを得なくなった。
「えっと……ごめん。盗み聴きするつもりはなかったんだけど」
ベランダに出ると、やはり声の主は天月歌子さんだった。白くて長い髪が夕陽に照らされ、オレンジ色に染まりかけている。
「慎見結衣さん……でしたっけ」
「う、うん。ごめんね、気持ちよく歌っている時に邪魔して」
「あ、あの! 黙っていてもらえませんか……」
「な、何を?」
「私がPSG……『プリティースター・ガールズ』のOPを口ずさんでいたことです」
口ずさんでいたというより、もはや本人たちより上手く熱唱していたような気がしてならないけど、余計なことは言わないでおいた。
「も、もちろん誰にも言わないよ。隠すようなことでもないと思うけど……」
私がフォローすると、天月さんはチラッと教室と私の目を見て呟いた。
「あの……少しお時間いいですか?」