074 メイドさん奮闘記⑤
今から3年前……
どうも皆さんごきげんよう。わたくし、とあるお金持ちの家のとある屋敷のとあるお嬢さまのとあるメイドでございます。
本日はお嬢さまと共にお出かけしていたのですが……なんと手配していた車にトラブルが起こり、我々は立ち往生となってしまいました。
「困りましたね……これから大事な会合だというのに」
お嬢さまのお父様……つまりわたくしの雇い主は多忙につき、自分の娘とも出会う機会が少ないお方。だというのにも関わらず、今日は特別に会ってもいいとおっしゃってくださいました。だからお嬢さまも楽しみにされていたのですが……
「仕方ありません、お嬢さま電車を使いましょう」
電車だと人混みになるため、リスクはうんと跳ね上がる。しかしお嬢さまの楽しみな気持ちを踏み躙ることはしたくありません。わたくしはできることはします。まぁ、結構強いんで大丈夫ですよ。
……と、思っていたのですが……
『ただいま人身事故のため電車が遅延をしております。皆さまにはご迷惑をおかけしますが、今しばらくお待ちください』
「ふむ。なかなかにうまくいかない日ですね、お嬢さま」
お嬢さまは見るからに苛立ちを隠せていなかった。足は小刻みに地を叩き、美しい顔も不機嫌色に染まっている。
そんな時、ふと隣のみすぼらしいと言っては失礼ですが、いかにも貧乏な様子の親子が目に映った。
その2人もさぞかし遅延に困っているだろう。そう思いましたが……どこか和やかですね。
「ねぇお母さん。人身事故って……そういうことだよね」
「そうね、結衣ちゃん。そういうことの可能性があるわね」
「……痛かったのかな、苦しかったのかな」
みすぼらしい少女が言葉を発した時、お嬢さまの肩が震えたのがわかった。
そしてお嬢さまは苛立ちを収め、震えながらその少女に手を伸ばそうとした。その時アナウンスが入り、電車が動き出したとのことだった。
話しかけるタイミングを逃したお嬢さまはまた少しだけ不機嫌になったような気がしますが……まぁ後で私が宥めればいいでしょうね。
結局お父様には会えず、お嬢さまの機嫌は最底辺……ということにはなりませんでした。
むしろどこか清々しいような顔立ちです。
「阿佐ヶ谷」
「は、はい! 何でしょうかお嬢さま」
お嬢さまが私の名を呼ぶのは珍しいため、少しだけ驚いてしまった。
「あの子……調べといて」
「……かしこまりました」
ここから運命の歯車が回り出すとは思ってもいなかったのです。