055 指名せよ
名古屋駅の東山線は特に混む。人でごった返しているため、お嬢様たちをこんなところに連れてきていいのかと不安になった。
でもよく見てみるとSP的な人が数人遠くから見てるし、まぁ大丈夫だろう。
「ふわぁ……! これが電車ですね!」
ほぼ満員だったから私たちは乗れなかったけど、目の前を通った電車にカレンちゃんは大興奮だった。
「カレンちゃんはどうして電車とか、乗り物が好きなの?」
「えっとですね……人類の栄光が好きなんです!」
「ほ、ほう?」
「空を飛べるのも、地下を高速で移動するのも、すべて人間の叡智によるものじゃないですか、だから私は乗り物が好きなんです!」
なんだろう……ちょっと普通の乗り物好きとはまた違った感性な気がする。たぶんだけど、お父さんかお母さんが交通系会社の社長さんなんだろうなぁ。
名古屋駅から伏見駅までの電車は4〜5分おきに来るので、そう待たずして次の電車が来た。ただ私たちの直前で満員電車になっちゃったので、次の電車にお預けとなった。
「そういえば結衣お姉さまはエレナお嬢様のことをお慕いされているのですか?」
「ちょ、ちょっとカレン!?」
唐突に私たちの関係性について詰めてきたカレンちゃん。そして焦るエレナ。
そんな私たちの和気藹々とした空気を壊したのはあるアナウンスだった。
『ただ今人身事故発生のため、電車に遅れが出ています。お客様にはたいへんご迷惑を……』
「ありゃりゃ、人身事故かー、電車来るの遅れちゃうな」
「まぁ仕方ありませんね。気長に待ちましょう」
「はい! ……結衣お姉さま?」
「…………痛かったのかな」
「え?」
「あっ……いや、なんでもないよ」
みんなに不思議そうな顔をされたため、話題を逸らして対応した。
その後数十分後にきた電車に乗り、カレンちゃんはとても満足そうにエレナと帰っていった。
そして私も自宅に着くと、見計らったかのように電話がかかってきた。
「……もしもし?」
『ごきげんよう。慎見結衣さんですか?』
「そうですが」
もう聞き慣れたボイスチェンジャーに冷静に対応する。するとボイスチェンジャー越しに少しだけメイドが笑っているようだった。
『お嬢さまは大変お喜びです。今日はいい日だとおっしゃっていました』
「はぁ……そうですか」
接触したのかわからない子が喜んでいると言われてもなぁ。
『では本題といきましょうか。ずばり、お嬢さまの名前は?』
ゴクっと喉を鳴らした。ここで貴重な指名権を一度使うことになる。
怪しい人は数人ピックアップできる。やたらと私とペアになろうとする天月さん・海咲さん・神村さん・エレナ・桃園さん・吹雪さん。
その中で単純に接触した回数が1番多いのは……
「お嬢さまの名前は……【本郷エレナ】」
入学時の直感を信じ、エレナを指名した。
今日も出会ったし、なんならいく先々で彼女に出会っている気がする。正直違っていたとしても、ここで潰しておきたい選択肢なのだ。
『なるほど……本郷さまですか』
一度メイドさんはため息をついた。
『残念。お嬢さまはとても悲しんでおられます。私は今からお嬢さまを慰める必要があるのでこの辺りで失礼します。それでは、良い夜を』
「えっ!? なっ!?」
ガチャっと勢いよく電話を切られた。
くそ……! エレナじゃない!? 1番怪しいと思っていたのに!
でもまぁポジティブに考えるなら、明日からエレナのことをお嬢さまと思うことなく接することができる。それならまぁ……いっか。