049 名古屋駅前パニック
夏休み。それは学生生活の中で学校から離れられるまさにフィーバータイム。家で一日中ごろごろして、何もせずに1日が終わり「今日何してたんだろ」と自問するのも一興だ。
しかし、今の私にはそんなことはできない。私に惚れた「お嬢さま」とやらを指名できる権利が9月。つまりもう来月にまで迫っているのだ。
だから今日はとりあえず街に繰り出している。目的もないが、とにかくアクティブに動いているのだ。
名古屋駅前には数多くのハイブランドショップ(庶民には目に毒)が並んでおり、この道でなら自然にお嬢様たたに出会えるものだと思っていた。
しかしよく考えてみればうちのクラスのお嬢様たちはハイブランドに身を包んで「おっほほ〜」と庶民を見下すような人たちではない。この作戦は失敗だったかも。
諦めて帰ろうとしたその時、なんと知っている顔がそこにいた。……ただ会いたい人ではなかったけど。
金髪の縦巻きロール。アニメでしか見ないようなステレオタイプなお嬢様がそこに立っていた。
「げっ」
「げっ……って失礼な話ですよね。小日向先輩」
この人は小日向美麗。私たちの1つ上の学年、つまり先輩だ。しかし面倒を見てくれるいい人ではなく、私を退学にしようと画策して一悶着あったまさにトラブルメーカーだ。
げっ、って言いたくなるのはこっちなんだけどな。
「あらあら庶民ではありませんの。どうしました? 背伸びしてこのお店でお買い物をおおおっ⤴︎と失礼。あなたがどれだけ背伸びをしても買えるわけありませんでしたよね」
「はぁ……まぁそうですね」
うるせぇな、と心底思った。
それにしてもここに吹雪さんとかがいなくてよかった〜。また殴るところだったよきっと。
「わたくし、あなたの退学を諦めたわけではありませんから。また覚悟しておくことですわ!」
「ふっ……また停学になるつもりですか?」
「ぐぬぬ……生意気なことを……!」
ちょっとだけムカついたから反撃してやった。
ふん! と鼻を鳴らして小日向先輩はどこかへ行こうとした。まぁいっか、と思っていると後ろの方から小日向先輩の叫び声が聞こえた。
「ちょっと……なんですの!?」
「見なさい! これが日本の格差社会を表しています! これが腐った政治の末路だ!」
あっ……名古屋駅前でよくいる政治主張スピーチ的な人に巻き込まれてる!
あらまぁお気の毒に……と思ったけど、小日向先輩の綺麗な腕がおじいさんに強く握られているのが少し癪だった。…………。
私は走って100円ショップに行って、スマホカバー(手帳型)を購入。
小日向先輩のところに戻るとまだ先輩は捕まっていた。
「離しなさい! この! もう!!」
おじいさんとは言え、力はまだまだあるようだ。力で少女を利用するだなんて許せない。
私は路上で募金活動をしている人からマイクを借りて、おじいさんに向かって叫んだ。
「あー! おじいさんが嫌がっている女の子の腕を握っているぞ〜?」
「なっ!?」
「写真で撮っちゃったもんねー、通報しようかな〜?」
もちろん私はスマートフォンなど持っていない。
しかし手帳型ケースを持ってカメラで撮るように構えればまるで撮られていると錯覚する。それが高齢者なら尚更ね。
「チッ!」
おじいさんは小日向先輩の腕を離して走り去った。ふぅ、なんとかなったか。
「あ、マイクありがとうございます」
協力してくれた募金団体さんにお礼として100円募金しておいた。少し痛い出費ではあるが。
小日向先輩は無事かなと思ったら少しだけ涙ぐんでいた。まぁ怖かったのは間違いないだろう。そもそも警護も付けずに名古屋に来たのが間違いだったね。
「……わたくし、あなたのこと誤解していましたわ。庶民なんて意地汚い蛆のように思っていたけれど違うのね」
「当たり前でしょう。庶民をなんだと思ってたんですか」
相当認知が歪んでいるようだ。
「あなたをまた退学に追い込むこと、訂正しますわ。た、ただ! 勘違いしないでいただける? あなたのことを好きになったわけなんかじゃないんですからね! それでは!」
小日向先輩は今度こそ足早に立ち去った。
よくわからんけど、先輩を助けられたならいっか。その結果、退学に追い込むのは諦めてくれたみたいだし。
明日からはもっと別の場所に行こう。考えて行動しないとだな〜。