040 桃色アドバイス
古都、奈良県。
ここでは己の見聞を深めるために寺に向かう……のだが、東大寺に来てしまった以上はやることは一つだった。
「こ、これが東大寺の鹿……!」
「可愛いよな。鹿せんべいあげるか?」
「えぇ? 噛まれない?」
「大人しいですよ、この子たち」
神村さんはさすが宗教法人の娘なだけあってか、寺慣れてしているとは思っていた。その上で鹿にも慣れているらしい。
ツンと何かがお尻を突いたため、振り返ってみると鹿さんが鼻先でぶつかってきたのだとわかる。警戒心0か?
「見てください結衣さーーん! 私、鹿せんべいをあげて……あぁ、何をするんですか三国さん! 私は結衣さんと……結衣さーーん!」
……何をしているんだあの娘は。
エレナは無視して、鹿せんべいを購入した。団体行動といえど、基本的には班員で動く。エレナも天月さん、三国さんと仲良くなってくれ。
鹿せんべいを自動販売機から受け取った瞬間、周りの鹿たちが一斉に私をロックオンしてきた。
ジリジリと距離を詰めてきて、もう少しで完全に包囲される犯人のような気持ちになった。
「ははっ、結衣ちゃんモテモテだなぁ」
そんな私を見て大笑いする吹雪さんと静かに笑っている神村さん。そして遠くからは桃園さんがベンチに座って私を見ているのがわかった。
何でこんなに注目されなければならないのか。……まぁいい、鹿にせんべいをあげるくらいどうってことない!
「ほーれ鹿たち。せんべいだそ〜」
隠していたせんべいを露わにすると、鹿たちは加速して一気に私に詰め寄ってきた。中にはヘドバン……いやおじきか。そんな芸を披露してまでせんべいをもらおうとするテクニシャンな鹿もいた。
そんな奇々怪々な状況に私が戸惑っていると、私の手を後ろから握られた。握った主は……桃園さんだ。
「落ち着きなさい。みっともないんだから」
「ご、ごめんなさい……」
桃園さんは素のトーンで耳打ちしてきた。この距離でも吹雪さんと神村さんには聞こえない声量だろう。よく考えられたものだ。
「はい、半分に割ってまず差し出す」
「こ、こう?」
言われた通りにすると鹿たちは一斉にせんべいに向かってきた。やがて先陣を切った一頭がせんべいにありつくことができた。
「じゃあ次は今食べられなかった鹿たちにあげるの」
「な、なるほど……」
こうして食べられない子にあげて、満遍なく行き渡らせられるんだ。
最初こそ戸惑ったけど、桃園さんのアドバイスのおかげでなんとか鹿せんべいを与えることができた。
やっぱりと言うべきか、桃園さんは素の方が話しやすい。でも彼女はいつまでも仮面を被り続けるのだろうか。
思いふける私の肩に、神村さんがそっと手を置いた。
「桃園×慎見……あると思います!」
「百合レーダーキャッチしちゃったかぁ」
いまいち締まらない団体行動なのでした。
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