001 慎見結衣と本郷エレナ
入学シーズンだというのに、ボロアパートから一瞥できる中央アルプスの頂点は白く、冬の寒さを醸し出していた。
そんな山に見守られながら、私は慣れないハイブランドのブレザー制服に身を包む。
ボサボサの髪の毛と、よく言えば色白……悪く言えば病的に白い肌、そしてハイブランドの制服。
制服だけが浮き出て見えるのは言うまでもない。
「うんうん、よく似合ってるわよ、結衣ちゃん」
そんな見栄えでもお母さんは褒めてくれた。
お母さんは細く、40歳にしては不健康そうな見た目をしている。毎日夜まで働いてくれているからだろう。
でも、そんなお母さんの生活も終わりを迎える。なぜなら学校でかかるお金はタダだから! 明日からお母さんも普通にスーパーマーケットでパートさんになる。よかった。
「じゃあ……行ってきます」
「うん、いってらっしゃい」
ぎこちない動きで、ボロアパートから飛び出した。
通学中、私は学園生活に思いを馳せた。
あの電話の後届いたのは入学手続きの紙と、10億円ゲームの詳細。そこには具体的に私が何回「お嬢さま」とやらを指名できるかが書かれていた。
結論から言うと、私が指名できるのは3年間で6回だけらしい。しかも時期が決められているとのことだ。直近だと9月。そして学年度末の3月の年2回らしい。
一見無理ゲーに思えるかもしれないけど、実はそうでもない。
普通の高校だったらそうだな……だいたい1クラス40人で7クラス前後、それが3学年で840人。その中から1人を当てないといけないことになる。
ただし、私が今向かっている金楼学園高校は超ハイスペックお嬢さま学校。1クラス10人の3クラス制で3学年。つまり候補者は90人しかいないのだ。
90人から6人言い当てられるのなら確率としては低くはない。
そして私は、私のことが好きだというお嬢さまに1人、心当たりがあった。
「ごきげんよう、慎見結衣さん」
黒い外車が私の横に止まり、中にいた金髪ロングの美少女が私の名を呼び、話しかけてきた。
私はこの女を知っている。名は本郷エレナ。お嬢さまのくせして、私と同じ公立の中学校に通っていた少女だ。
金楼学園高校に通うような生徒の中で、唯一私と接点がある少女と言ってもいい。もちろん、そんなに仲良かったわけでもないけど。中学でも一言二言くらい会話しただけの仲だ。
「ご、ごきげんよう」
「乗っていかれますか?」
「えっと……はい」
断りたかったけど、本郷エレナは候補者の1人。しかも私と接点がある以上、コイツしかあり得なくね? とすら思っている。
ここで接触しておいて、腹を探るのも悪くない。
というわけで高級外車に乗らせていただいた。なんだこれ……私の部屋より広くね?
「どうぞ、ウェルカムドリンクです」
「あ……ども」
近所のラーメン屋にある、ハワイのポスターに載ってるボインの美女がグラサンかけながら飲んでいるようなトロピカルなジュースが出てきやがった。味は……まったく知らねぇ味だ。
「驚きました。慎見結衣さんも金楼生なのですね」
「あー……うん。まぁ驚くよね」
驚いただと? 白々しい。私を誘ったのはお前だろう。
……いや、待てよ。私に惚れたとかいう「お嬢さま」はこんな回りくどいゲームを開催するほどのチキン。それがこんなにすぐに接触を計るだろうか。
もしかしてこのゲーム……奥が深い? くそ、疑えば疑うほどわからん!
黒い外車は中央アルプスが見守る金楼学園高校へと到着した。
本日はもう1話、更新します!