黄泉比良坂炎華幻抄 (2/4)
ひゅぅっ。
目の前の光景に、思わず息を呑んだ。
あたりは夜なのか昏く、三メートルほど手前の低い位置でゆらゆらと揺れている、今にも消えそうな蝋燭の灯りが一つ。
か細い灯りを中心に左側に赤い花畑、右側に白い花畑が途切れることなく遥か彼方まで続いていた。
昏闇に浮かぶ花はすべて彼岸花であった。
そして灯りの脇に人影が――着物姿の女のようであった。
時代劇などで見る花魁のように帯を前で大きく結び、打掛を羽織った姿で端座している。
結い上げた頭にはたくさんの簪や櫛を挿し、薄灯りでもはっきりと分かるほどの白皙と紅色の唇。
女は左手に持っていた長煙管を蝋燭の方にかざすと、火皿を下に向け指先でこんっと叩いた。
ぽぅと明るさが幽かに強まった。
ぞくり、と身震いする。
墨色の打掛に白い柄。
骨だ。
裾の方から上に向かって伸ばされた無数の手は、まるで眼前の白い彼岸花のよう。
大小様々な玉簪はすべて髑髏であり、櫛も骨を削ったものなのか白く大きいものを挿している。
「ここは黄泉平坂への入り口でありんす」
やや低いが艶のある声が聞こえた。
「えっ……どこだって?」
「平たくいえば、この世とあの世の境目でありんすなぁ。主さんは、つまり死んでしもうため、ここへ来たんでありんすよ」
「へっ? 死んで!?」
「へぇ、ちゃ~んと息も止まりんした」
まぁ、まだ火葬はされておりませんがなぁと断言された。
「なっ、なぜ!? 死因は!?」
「知りませんなぁ。わっちのお役目には関係ござりんせん」
知らないふりをしているのか、つんとした表情からは判断できない。
「……役目?」
「へぇ」
ひとつ頷くと、長煙管で自分の背後を示した。
「わっちは案内人でありんす。わっちの後ろにある地獄華。あぁ曼珠沙華の方が分かりやすいでありんすなぁ。主さんにはどちらかを一本手折っておくんなんし」
「……手折る?」
「へぇ。片方は閻魔の管理する地獄往き。片方は菩薩の管理する極楽往きの通行手形でありんす」
『赤か、白か、どちらを手折るや?』