ああ、つまんねえ
『ガツッ』という衝撃を受けて剣を持つ手が痺れる。
敵の打撃を受け止めた俺の剣が手から離れそうになる。
俺は自分の握力が感じられなくなっていく。
こんな強烈な打撃は受けた事がない。
仲間はみんな倒れている。
どうしてこんな窮地に陥ってしまったのだろうか。
俺の名はサマル。地方の貧乏貴族の三男だ。三男だから家名は継げない。だから学校では家名は名乗っていない。幸い二人の兄貴は、俺と違って優秀だから、我が家は安泰だろう。
将来独立する為に親が入れてくれた冒険者育成学校で、俺たち魔法科一年生は、サマーキャンプで野草摘みに来ていた。薬草さえ生えない魔力のない場所。そこで将来必要となる初歩的なキャンプ技術、狩猟技術、サバイバル技術を教わる予定だった。
学生にとっては、家の手伝いを休んで、仲のいい友達たちと一緒に公然と遊びに行けるサービスイベントだった。
それがキャンプ2日目の夜に豹変する。
最初に気づいたのは担任の先生だった。
晩御飯のカレーを皆んなでワイワイ食べてる時に、立ち上がって叫んだ。
「全員即時警戒!物理及び魔法防御を張れ!教師陣は防御陣形を組め!生徒たちは中央に集結し指示あるまでそのまま!」
俺たちは全然反応出来なかった。だってここはキャンプで安全な場所で防御張れと言われても教わってないし張りようもないし指示あるまでっていつまでだよ。
そこに奴が現れた。
「グルルルル・・・」
低く唸っている。
凶悪な雰囲気を持った魔獣。
俺たちも知っている。あれはコボルトだ。初級冒険者殺し。スライムとたいして変わらない薄い魔素の場所にもたまに出現する、スライムより強い魔獣だ。
でもこの人数と先生たちなら、倒せない相手じゃない。
みんなに、ホッとした雰囲気が流れる。
「気を抜くな。あれはコボルトの上位種だ。何でここに現れたのかは分からんが、今はそれどころじゃない。物理結界を張れる者は全てそれに集中。それ以外の者は、行動阻害を行え。術式は何でもいい。相手の攻撃を遅らせるんだ。どちらも出来ない者は、全員の撤退を援護しろ。」
コボルトに魔法攻撃は無い。的確な指示だ。俺たちは撤退の準備をする。
生徒全員がキャンプへ、荷物を回収しに戻る。
「荷物は後だ。今は安全な撤退を優先する。教師攻撃陣前へ。防御陣は一歩下がって相手の物理攻撃を防御しろ。生徒たちは後方へ。戦闘域からの離脱を優先せよ。」
とりあえず先生の指示に従うしかない。俺たちは班ごとに分かれて、撤退の準備をする。
「みんな、あわてるな。防御担当の先生の指示に従って、班ごとに退避行動を取れ。」
委員長の声が飛ぶ。ああいうヤツが将来レベルアップできるんだろうな。
担任の先生はレベル2だ。国軍の上級士官だって狙えるレベルなのに、先生をやってるのは、「好きだから」だそうだ。
俺たちは冒険者になっても一生でスライム100匹も刈れない。レベルアップなんて夢のまた夢。レベル0の冒険者として香草や薬草を採取していくだけだ。
とにかく今は逃げろ〜だ。コボルトの上位種、もうハイコボルトでいいか。先生達はどんどん斬り伏せられていく。ダメージは与えている様だが、ハイコボルトは止まらない。
幸い即死ダメージは受けていないようだが、もう担任の先生以外は戦えない。
ここで委員長が「プチファイヤー」を唱えた。みんなを逃がすために、自分も戦うつもりだ。勝てっこないのに。
みんなも防御スキルを使いながら撤退していく。
でも、ハイコボルトはみんなをなぎ倒していく。どうやら奴のスキルには、防御貫通があるようだ。
ついにこっちにも来た。強烈な剣戟が俺を襲う。
俺の剣技じゃ捌ききれない。かろうじて受けたが確実にHPの80パーセント以上は削られただろう。なにしろこっちはレベル0のスキル無しなんだから。
それでも、
クッソ、ここで逃げたら男が廃る。俺もプチファイヤーで攻撃した。
「ギャー」
俺のプチファイヤーが当たった腹部が、炎上して膨張していく。
奴の体内のガス溜まりに直撃したのだろうか?プチファイヤーじゃあり得ない火力で炎が上がる。
攻撃直後に、相手はポリゴンになって分解した。
あれ、ハイコボルト消滅したぞ。
ダメージが溜まっていたのか。ラストアタック取ったのか。理由は分からないが、ハイコボルトを討伐できた。
呆然としている俺の前で、みんなは傷ついた先生や仲間達を回復している。
生きている事にホッとした俺の頭の中で、聞いた事のない声が響いた。
「ユニークモンスターを撃破しました。ラストアタックボーナスとして、ユニークスキルを取得しました。ユニークスキルの効果により、レベルアップ、スキルアップが可能です。撃破ポイントが加算されました。
おめでとうございます。ラッキーボーナスに当選されました。追加で、ラッキーボーナスルーレットに挑戦出来ます。」
ああっ、これって噂に聞いたレベルアップメッセージってやつ?スキルアップなんてのも聞こえたけど、俺にスキルなんか無いし。
レベルアップって凄い経験値が必要なはず。いくら強くても、モンスター1匹じゃ上がるわけない。スキルなんてレベルアップを繰り返さないと手に入らない物だ。もっと無理だ。なんでこんなメッセージが聞こえたんだろう。
とりあえずレベルアップはやめておこう。元々俺ってクソザコだし、レベルアップして兵士なんかになりたくない。普通の冒険者になりたいんだ。
翌朝学校からの救援部隊が着いて、生徒全員を保護し、こうして俺のサマーキャンプは終わった。