お前がチートだ
事件後、生徒の対応は二分化された。伊能に同情的な生徒がいれば、陰で『いい気味だ』と嘲笑う生徒もいる。取り分け男子生徒の大半は伊能の味方を宣言しており、血眼になって犯人探しを行う始末だ。仮に伊能にも責任の一端があると口出ししようものなら突き上げを食らうこと間違いなしである。
しかし、姿を一向に表さぬ犯人に対して次第に生徒たちも疑心暗鬼に駆られるようになり、伊能への態度も変わってきた。
彼女の扱いは腫れ物を触るかのようになり、同じ女子生徒からは徐々に避けられるようになってきた。男子生徒も同様にこの一件について語ることを避ける動きが出だしてきた。
気づけば事件前と事件後で伊能を取り巻く環境はガラリと変わり、彼女は孤立化し始めていた。彼女を異世界転生者と読んでいた多田乃も予想外の展開に首を傾げた。
「…どういうことだ?もし彼女がチートだったならこんな展開は望まないはず…誰かが意図的に彼女を貶めた、としか思えない…」
多田乃は校舎の廊下をブツブツいいながら歩いていると向こうから伊能が歩いてきた。伊能は多田乃を見て微笑み返したが、明らかに以前に比べてやつれているように見える。さすがの多田乃もこれには同情した。多田乃は伊能に事務的に会釈してその場を去ったが、気になって一旦引き返した。
伊能は理科室である女子生徒と待ち合わせて、奥にある倉庫室へと歩いていくのが見えた。多田乃は伊能と一緒にいる女子生徒のことが引っ掛かった。
これまで彼女はイケメンの男子生徒や人懐っこい女子生徒など常に複数名で行動していたのだが、あの事件後しばらくしてからは、ほぼ一人か今一緒にいる女子生徒と二人で行動することが目立ってきた。
だが…どうにもその女子生徒のことがよく分からない。何故ならその女子生徒もまた今の多田乃と同じく只の脇役に過ぎず、目立つような印象がないからである。いつの間にかクラスメートになり、いつの間にか一緒にいる。そんな感じである。名前は確か…
「脇屋久那乎、さん。だったかな」
多田乃は伊能と脇屋が入っていった倉庫室に近づいた。伊能と脇屋はどういう経緯で仲良くなったのか親しげに荷物を整理している。床には幾つか段ボールの箱が置かれている。先生辺りに何か頼まれたらしい。
伊能と脇屋は段ボールの箱を重そうに抱えて倉庫室から出てきた。多田乃は慌てて身を隠す。
「全くノーマークだが、どういうことなんだ?」
多田乃は彼女らに気づかれぬよう、尾行する。途中他の生徒から振り返られたが、多田乃自身も印象に残らぬ、所謂脇役なのでそこまで怪しまれることはなかった。
しばらく進むと伊能が下り階段まで来た。伊能が先に階段に足を伸ばしたとき、突然脇屋が箱を床に置いて伊能の背中を押そうを構えた。
ただならぬ様子に気づいた多田乃は慌てて右腕のバンドを捻った。すると…突如多田乃を取り巻く全ての人や物、空気、時間が止まった。全ての動きが止まったのを確認した多田乃は伊能の元へと駆け寄る。
と、そのとき…一人の女子生徒が多田乃の前に立ちはだかった。伊能の背中を押そうとしていた脇屋である。
「やはり、そうか。チートは伊能さんじゃない。脇屋さん、あんただったか」
多田乃が脇屋を睨み付ける。対する脇屋は多田乃の姿を見て驚愕していた。