ダイブしろ
黒猫の羽に包まれた多田乃が目を覚ますと見慣れた天井が目の前に現れた。よく目を凝らして辺りを見回すと見慣れた雑貨や家電が確認できた。どうやらアパートの自室のようである。
「夢…?確か今日、市役所の屋上から飛び降りて…それから…」
多田乃は頭を押さえた。二日酔いのような酷い痛みと吐き気がする。悪酔いしたのか。今までのことは酒が見せた幻覚だったのか。多田乃は横向きに寝返りをうってぼんやりと先程見ていた光景を思い出していた。
「出番だよ」
黒猫からの言葉が脳裏に反芻する。幻覚にしても鮮明な一言であった。一体何の出番だというのか。多田乃は無意識に自分の右手を見た。すると…
「何だ…これは…?」
多田乃の右手の手首に見慣れない黒のバンドが巻かれている。バンドは硬質で、ゴムや布の類いではない。外そうとしても多田乃の手首に完全にフィットしている為、簡単に外すことができない。時計のようでもあるが、文字盤やデジタルを示す表示はない。多田乃はこんなものを買った記憶もないし、そもそもアクセサリーの類いに興味がない。では、何故こんなものが自分の手首に巻かれているのだろう?
「ダメだ、外せない。どうしたらいいんだ?それにこのバンドは何なんだ?」
多田乃は起き上がると部屋の電気を付けてバンドをマジマジと眺めた。黒一色の無機質なバンドである。多田乃は何気なしにバンドを二回叩いた。と、突然多田乃の目の前に巨大な鎌が宙から現れた。
「うわああああ!!!」
多田乃は思わず悲鳴を上げた。コイツは何かの夢か?それに何故こんなものが突然出てきた?多田乃の頭に幾つもの疑問が沸き上がってくる。しかも状況は解決どころか益々混乱を呼ぶ。多田乃は恐る恐る目の前に鎌を持った。
鎌は見た目に反して非常に軽い。まるで発泡スチロールで出来ているような指一本で持ち上げられそうである。しかし材質は紛れもなく本物の鎌と遜色ない鋼鉄の硬さを有しており、切れ味も鋭く見える。
「これは何だ…」
多田乃が鎌を調べていると机に置かれたパソコンが突然起動した。多田乃が振り返るとパソコンの画面にメールアプリが映し出された。
「今度は何だ?」
多田乃はとりあえず鎌を床に置くとパソコンの前に座った。メールアプリを閉じようとすると、一通のメールが届いた。タイトルは…
『ダイブしろ』
宛名は無し。本文には謎のURL。どう見てもウイルスソフトの誘導にしか見えない、極めて怪しいメールである。しかし、いつもと違う様子に多田乃は疑うことなく、キーボード横のVR用のゴーグルとヘッドフォンを装着した。そしてメールのURLをクリックした。
クリックすると多田乃の視界がホワイトアウトした。そして不気味なまでの静寂が訪れた。何が始まるのだ?多田乃は己の身に降り掛かった運命というやつに身を委ねることにした。
視界が開けてくるとそこは崩壊した都心のど真ん中であることに気づいた。多田乃は慌てて辺りを見回す。人の姿が見えない。車はひっくり返り、あちこちから火や煙が上がっている。空は不気味な黒い雲に覆われ、さながら終末のような光景である。多田乃は誰かいないか、街中をさ迷うように歩き始めた。
「クソ、何だよ…何で僕がこんな目に合うんだよ。何でなんだよ…」
多田乃は恨み節を吐きながら必死に人が居そうな所へ歩を進めた。




