多田乃の過去
市庁舎の爆発に巻き込まれた多田乃は遥か先まで吹き飛ばされた。全身に火傷を負い、意識を失って地面に叩きつけられた。だが、痛みを感じることはない。
死ぬという感覚はこういうことか。多田乃は不思議なまでに冷静な感情をしていた。しかし、此処は死者の世界。既に死んでいるならまた死ぬというのもおかしな話だ。もし今、死んだら僕はどうなるのだろう。
多田乃の脳裏に過去の記憶が甦る。走馬灯のように今までの人生のダイジェストが流れる。
多田乃盆迅。年齢は41歳、独身。数え年で42歳厄年。駅近くの安アパートに一人暮らし。地元の私立大学を卒業してから市役所職員になる。それから今の今まで市役所に従事、現在は市民課に在籍。同期に入所した面々は皆出世しているか、所帯持ち。気づけば後輩に抜かれ、完全に出世コースからは外されている。
父親はエネルギー関係の設備を扱う中小企業のサラリーマン。母親はスーパーのパートをしている主婦。兄弟は兄一人、弟一人の三人兄弟。
子ども三人を養うには多田乃家のお財布事情は厳しく、兄は早くから独立を目指して国公立の有名大学へ進学。卒業後に大企業に就職すると同時に家を出た。間もなく同期の女性と結婚し、今は多田乃にとって甥姪に当たる子どもたちに囲まれて幸せな家庭を築いている。
弟は芸術面に才能があり、絵画を学ぶため高校卒業後に海外へ留学。その筋の人々に才能を認められ、今では個展が開かれるほどの有名人である。
兄弟の活躍に両親は非常に胸を張っており、自慢の息子と周りの人々に紹介していた。しかし、その自慢の息子に多田乃は含まれていなかった。家の中で多田乃は疎外感を覚え、居心地の悪さを感じていた。一人暮らししたのは通勤の利便性だけでなく、実家に居られない事情もあった。しかし両親の介護が必要となったとき、兄弟の誰よりも献身的だったのは多田乃だった。
それでもやはり両親の関心は兄弟に向けられていた。兄弟間の仲は悪くなかったが、自然と多田乃の方から疎遠になった。
「僕はいらない人間かもしれない」
多田乃の中にいつしかそんな卑屈な感情が芽生え始めていた。卑屈な感情は仕事面でも悪影響を与え、上司や同僚からも疎まれるようになった。次第に多田乃は生きていることすら苦痛になりつつあった。
「死にたい」
多田乃が衝動的に市庁舎の屋上から身を投げたのは今から数ヶ月前のことだった。




