多田乃が会いたかった人
市長室へと入ったアラン・スミシーの後を付けるように多田乃も慌てて市長室の扉を開けた。
「…し、失礼します」
例によって多田乃は入る前に挨拶をした。この時間に誰もいないはずなのにおかしなもんだ、と多田乃が思っていると、
「どうぞ、入りたまえ」
と声が聞こえた。物腰の優しい年季の入った落ち着いた声である。多田乃は何処かで聞いたような、そんなデジャヴのような感覚を覚えた。ふと多田乃が声の先を見ると市長の椅子に白髪混じりの短髪に丸眼鏡、そして白い口髭を生やした老紳士がにこやかに座っていた。
「市長…!」
多田乃が思わず声を上げた。確かに座っているのは現市長である神野慶次である。しかしながら、何故市長がいるのだ…?それにアラン・スミシーは何故僕に市長を会わせようとしたんだ?
市長は一体何を知っているのだ?
多田乃が複数の疑問を脳裏に浮かべていると神野市長がアラン・スミシーに顔を向けてニッコリと微笑んだ。対してアラン・スミシーはそっぽ向いて知らんぷりをしている。
「よく来たね。待っていたよ」
「僕を待っていた、って…それに市長はこの黒猫をご存知なのですか?」
「知っているも何も、君に接触するようにアラン・スミシーを仕向けたのはこの私だからね。ただアランは私のことを嫌っているようだが」
市長は全てを見透かしたように穏やかに笑っている。一見優しい紳士だが、何とも底知れぬ不気味な威圧感がある。多田乃はブルリと震えた。
しかし、この市長の声はやはり何処か聞いたことがある。確か…つい最近も聞いたような…
「私が何者か気になるようだね」
「えっ…?」
「君の顔に書いてあるよ、多田乃君」
「い、いえ。何というか市長がこの状況を素直に受け入れているのが、僕は不思議に思いまして」
「そうかな?私はずっと君のことを目にかけていたんだよ。君を選んで『使命』を与えたのは、この私なのだから」
神野市長の話を聞いた瞬間、多田乃の体に強烈な電撃が走った。そして多田乃の全身がワナワナと震え出し、みるみる内に身体中の汗が吹き出してきた。多田乃は思わずその場に膝を着く。
「ま、まさか市長…貴方が…この世界の『神』、様…だというのですか…?」
「ようやく会えたね、異世界転生討伐代行者の多田乃君」
神野市長がニッコリと笑って立ち上がると、多田乃の元に寄って手を差しのべた。
「我が親愛ある『友』よ。今こそ『使命』を果たす時が来たのだ」
神野市長は多田乃に落ち着いた声で呼び掛けた。




