前世と魔女
多田乃の脳裏にとあるビジョンが浮かんだ。磔にされた若き乙女が火炙りにされる光景。そして重厚な鎧を着た若き騎士が馬に跨がって間一髪乙女を救出し、追いすがる暴徒たちを蹴散らして逃走していく…。
朧気ながら妙にリアリティのあるビジョンだった。これが前世の記憶というやつなのだろうか?多田乃のボンヤリとした姿を見たアラン・スミシーはニッコリと微笑みを浮かべた。
「ようやく思い出してくれたね。私と君はその後、恋人として生涯添い遂げたんだ。そして前世からの時を経てようやく再会できた…何とも感動的だよね」
「オエッ…」
アラン・スミシーが涙を拭う横で多田乃は思わずえづいた。何か変な光景を想像して気持ち悪くなったらしい。その様子を見たアラン・スミシーは途端に不機嫌になり、拗ねるように多田乃の顔を覗き込んだ。
「ひどいじゃないか。折角の再会なのに吐け気を催すなんて」
「い、いや。…前世の話だろ?あんたの正体を知ったとしても流石に受け入れられんよ。今の僕は多田乃盆迅だ。そもそも騎士でもないし、恋人だって今までの人生でいたことない」
「私ともう一回やり直すのもアリだと思うよ?」
「…勘弁してくれ…僕にそんな趣味はない。益々気持ち悪くなってくる」
「失礼だな。しかし思い出してくれたまえ、多田乃君。君は既に死者の世界にいるのだよ?今更人生のことで悩むことないと思うけどな」
「い、い、いや…そういうことじゃない。それよりも一つおかしいじゃないか?」
「何がだい?」
多田乃は頭を上げてアラン・スミシーを見据えた。アラン・スミシーは首を捻りながら多田乃の様子を眺めている。
「此処が死者の世界だとしたら当然僕も死んでいる。ということはだ。僕の前世ってやつは、多田乃盆迅としての人生ってことじゃないのか?あんたと恋人だったという前世はその前か、更に前ってことなんじゃないのか?」
「…何か歌詞みたいだけど、確かに君もいうことは一理あるね。私との恋人同士の記憶が朧気なのも納得だ」
アラン・スミシーは首もとの傷痕を隠すと多田乃の頬に触れた。多田乃は思わずドキリとする。今目の前にいるのは大柄ではあるが、妙齢の魅力的な女性である。しかし黒猫としての顔を知っている以上は欲情にかられることはなかった。
多田乃はアラン・スミシーの手を払い除けると深呼吸した。アラン・スミシーは驚いたが、やれやれと苦笑した。
「ま、いいさ。何れは君も思い出すだろ。とにかく今は依代を倒す使命を果たすことだ」
そういうとアラン・スミシーは再び自身の体を羽で包み、元の黒猫の姿に戻った。多田乃はホッとしたが、少し残念な気分にかられていた。




