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逃亡

 多田乃は市役所の庁舎から飛び降りたとき、まだ下を歩く人々の動きは止められたままだった。その為、落下していく多田乃を気に止める者はいない。脳裏にこれまでの人生が走馬灯のように過る。


 人生の終わりとはこういうことをいうのか…?だが、何だろう。このデジャヴ感は…。何か昔、同じような体験をしたような…。


 多田乃はふと落下点に目を向けると楽しげに歩いている幼い子供たちを連れた母親がいることに気づいた。



「まずい!」



 母子は当然ながら依代に動きを止められているので上空の様子に気づけず、咄嗟に避けることはできない。このままでは多田乃と衝突することは目に見える。



「なんてことだ……」



 チートには無慈悲な多田乃ではあるが、さすがに無関係な人を巻き込むことはできない。しかし、どうあがいても落下の軌道を変えることはできなかった。多田乃は覚悟を決めて目を瞑る。



「…神よ……!!」



 と、その時多田乃はフワリと浮かぶような感覚に気づいた。ゆっくりと目を開けると地上の母子スレスレに多田乃の体は止まっている。驚いた多田乃は目を上空へと向けた。



「どうやら間に合ったようだね」


「お、お前は…!?」



 多田乃の視界に入ったのは巨大な羽を生やした一匹の黒猫が多田乃のスーツを引っ張っている姿だった。昨晩多田乃が脇屋を仕留めた世界で出会ったあの黒猫である。



「アラン……スミシー……!?」


「私のことを覚えてくれていたみたいだね」


「なぜ……此処にいるんだ…?一体どうして…?」


「話は後。とりあえず今は逃げよう」



 そういうとアラン・スミシーは多田乃を掴んだまま夕闇の中を飛び去った。多田乃の背後には先程まで働いていた市役所の庁舎が見える。



「…逃げられたか…しかし、目論見通り奴を炙り出すことには成功した。後は…」



 市役所の会議室の窓から依代はボウガンをアラン・スミシーに向けたが、既に矢の射程距離から離れてしまっていた。依代はバンドを叩いてボウガンをしまうと、呆然と硬直している脇谷の肩を優しく叩いた。



「…依代様。私はこれからどうすれば…」


「何も心配はいらない。君は私の指示通り動けば問題ない。これから忙しくなる」



 脇谷が再び口を開こうとすると依代は脇谷の唇に指を当て、シーっとジェスチャーをした。そして夕闇に消える多田乃とアラン・スミシーの姿を見て、不気味に微笑んだ。

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