本性
多田乃は依代の言葉に耳を疑った。確かに依代は「チートバスター」という単語を言い放った。だが、そのことについて多田乃はすぐ依代に問うことはできない。
多田乃は思考をフル回転させて次の句をどう返すべきか熟考した。下手なことを言えば命取りになりかねる。対して依代は怪訝な表情で顔の前で手を組みながら多田乃をじっと睨み付けている。正に蛇に睨まれた蛙というやつだろうか。
多田乃はふう、と軽く深呼吸すると依代に笑顔を取り繕った。
「依代先生。今こちらにいらっしゃる彼女は脇谷さんではありません。どういう経緯で脇谷さんを騙っているのかは分かりませんが、いずれにしても私との接点や心当たりはありません。大変お心苦しいのですが、最寄りの警察に行かれたらいかがでしょうか?」
多田乃はそういうと席を立って会議室のドアを開けた。暗にもう用はないから出ていけと二人に促している。しかし、依代は動じることなく立ち上がると多田乃の前に歩み寄った。脇谷と名乗る女性は心配そうに依代を見ている。
「なるほど…きちんと調べ上げて私の発言の矛盾を解こうとしましたか。合格ですよ、多田乃さん。しかし、貴方がほんの少しでも動じたのを私は見逃しませんでしたよ。やはり貴方は彼女の名前に心当たりがある」
「合…格…?」
「それに奴と接触したことも私は分かっています」
「や、奴とは…」
もしやアラン・スミシーのことか?多田乃が口に出し掛けたとき、依代は右腕の袖を突然捲った。すると文字盤のない時計のような黒いバンドが見えた。そしてバンドを多田乃に向けて指差した。
「これをご存知でしょう?」
「……何故貴方が………」
自分と同じバンドを持っている…!!?バンドを見た多田乃が震えながら言葉を絞り出すと、依代が右腕のバンドを二回叩いた。すると何もない宙からボウガンのような武器が飛び出し、依代の左手に収まった。多田乃は目の前の光景に驚愕してどうしていいか分からないほど口をパクパクさせた。依代は構うことなくボウガンの先端を多田乃に向ける。
「……せ、先生…、貴方は一体何者なんです、か?!」
多田乃が腰を引いて窓際に移動しようとする。何としても背を見せる訳にはいかない。依代は不気味なまでの笑みを浮かべた。これまでの落ち着いた様子からは想像もつかないほど、邪悪な表情を見せる。
「…いいでしょう。奴がいった言葉を借りるなら対異世界転生討伐代行者狩人というやつでしょうか。尤もそんなセンスのない名前で呼ばれる筋合いはありませんがね」
「チートバスターハンター……だと!!?」
多田乃の脳裏にアラン・スミシーの言葉が蘇った。
「ところで奴は何処ですか?まさか知らないとは言わせませんよ」
「脅迫なんてバカなことを!!此処でそんなことしたら大事になるぞ!?」
「その心配は要りません。周りをよくご覧なさい」
多田乃が慌てて窓から下の景色を見ると歩いているはずの人や車、鳥や電車が映画のフィルムを途中で止めたかのように静止していた。今動いているのは自分と依代、そして脇谷だけである。
「い、いつの間に……?」
「貴方が彼女のデータを持ってきたタイミングです。邪魔者は入れたくなかったので、気づかれないように細工させていただきました」
「そんな……あり得ない…」
「あり得ない…?何故そんなことが言えるのです?私と同じバンドを持っている異世界転生討伐代行者の貴方がいっていい台詞ではないと思いますがね」
依代がボウガンの引き金に指を掛けた。脇谷はじっと多田乃と依代の緊迫したやり取りを見ている。どうやら彼女はこの光景を止める意思はないようだ。
ダイブさえしておけば……武器はダイブしなければこの「なにもない世界」には存在しない!
多田乃は意を決して、後ろの窓を開けると飛び降りる態勢を取った。依代は多田乃の行為に首を傾げた。
「おや、どういうつもりですかな?」
「今は、貴方に狩られるつもりはない!」
多田乃は依代に言い切ると窓から飛び出した。と同時に依代はボウガンの矢を発射する。間一髪矢は当たらなかったものの、多田乃は市役所の三階から真下の玄関口まで落下していった。




