何もない世界
此処は「何もない世界」である。何もない世界の為、当然メルヘンやファンタジーの世界のような魔法や異能力もなければ、ドラゴンや妖精といった類いの生命体も存在しない。本来であれば、の話である。
例えどんな物事にもイレギュラーは存在する。科学的に説明のつかない幽霊や超能力の類いであったり、UMAと呼ばれる生物たちもまた何もない世界にとってはイレギュラーといえる。
彼等は何もない世界の神にとって存在してはならないものたちである。彼等を放っておくことは何もない世界そのものの均衡を崩し、やがて滅亡を引き起こす恐れがあるからだ。
故に神は決してイレギュラーを認めない。しかしながら神が自らイレギュラーな存在に手を下すことはタブーになる。よって神に代わってイレギュラーたちに手を下す代行者たちが世の中には存在する。
代行者たちは様々なイレギュラーたちを人知れず陰で「抹消」してきた。それでもイレギュラーたちは年を追うごとに増加の一途を辿り、他の人間の目にも触れられるようになってきている。所謂都市伝説の類いはイレギュラーたちが一般人に認知されたものといえる。
近年特に神が恐れているのが、異世界転生者と呼ばれる存在の横行である。神にとっては自身の存在を脅かす、正にあってはならない存在なのだ。そして彼等に対抗すべく異世界転生討伐代行者と呼ばれる者たちを何もない世界の各地に配置して動向を探っている。
チートバスターたちはチートを発見次第、有無を言わさず抹殺することを命じられており、それを自身の生き甲斐とする者もいる。これはその内の一人のチートバスターの話である。
◆◆◆
小さな地方都市の市役所に市民課に勤める多田乃盆迅は今日もいつものように朝の7時半にタイムカードをついて自席に座る。そして通勤途中で購入した朝刊にざっと目を通してから、目の前のパソコンの電源を入れた。
その横から同僚の女性にコーヒーカップを置かれた。中身はいつもと同じ異常に薄いインスタントコーヒー。親切でやっているように映る光景だが、その実ただの嫌がらせであり、陰で他の同僚たちと笑っている姿を見たことがある。しかし多田乃は気にせず、いつものようにコーヒーを口にする。
やはり薄い。これではコーヒーの色がついたお湯である。正直文句の一ついってやりたいとこだが、やれパワハラだのセクハラだので倍にして返されるのがオチである。結局自分が悪者にされるのが目に見えているため、嫌がらせされたとしても波風立てないようにしている。横目で給湯室を見ると先程コーヒーカップを置いた女性が多田乃を見て他の同僚と嘲笑っているのが分かった。
どうせいつものことだ……多田乃は気づかない振りをして薄いコーヒーを飲み干した。後で自動販売機で口直ししよう。そう多田乃が思っていると始業のチャイムが役所中に鳴り響いた。