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第3章 自治大学

 海老原一尉と、桐生游輔は、東京自治大学研究機構の留置場に留め置かれていた。


 ドローンを振り切って、無事目的地に到着し、着陸許可を求めれば、


《着陸を許可しない》とのつれない答えが返ってきた。


《ふざけんな! 話がちげえじゃねえか!》


 海老原一尉の判断で、強行着陸を行って、戦闘機を降りたところで拘束され、そのまま留置場送りになった。


 垂直着陸でなく、通常滑走路による着陸アプローチを採っていたら、間違いなく大学の地対空ミサイルで撃ち落とされていただろう。命があるだけでも運が良かった。


「ひでえ扱いだ。一応、来賓だぜ?」


「応接室がないだけなんでしょ」桐生は冗談で言った。


 とはいえ、自治権を主張する場所へ政府所有の自衛隊戦闘機が、領空侵犯した上に、強制着陸を試みたのだ。ただでは済むまい。


「大学が、人を軟禁状態に置くなんて違法だろ」


「いえ、政府から認められた権利だそうですよ。東京自治大学研究機構の成り立ちは複雑ですからね」


 2024年まではふつうの国立大学の一つだった。


 だが、ある日、工学部の研究者が校内で射殺され、遺体となって発見された。警察の捜査では自殺と断定されたが、大学自治組織による独自の調査によれば、遺体の側に銃器はなく、他殺の可能性が極めて高かった。日本の警察や政府への不信感が増大した。


 また、彼の研究室では、アメリカ・B社との共同研究で新型のインテグラル・ロケット・ラムジェットエンジンの研究を行っていた。これはミサイルなどに転用、搭載され、主に軍事目的として使用されることが前提にある。


 この軍事技術の綱引きの中で、日本政府ひいては防衛省と、アメリカ政府————こちらはもちろん米軍だ————との軋轢の間で犠牲になったのだろう。


「自衛隊との小競り合いがあったのはご存じでしょう?」


「ああ、どうせ俺は、この大学にとっちゃ、仮想敵でしかねえわな」


 その事件のあと、大学の自治会は、日本政府に対しこう宣言した。


【大学校内において独自の自治権を行使する。いかなる警察、軍、権力も受容しない】


 大学は高圧電流の流れる柵で構内を囲み、入り口には銃器で武装した警備員を配置した。もちろん日本の法律に照らし合わせれば銃刀法違反ということになる。


 警察の機動隊や特殊部隊を総動員したが、お構いなしだった。もはやその程度の脅しに屈服する大学側ではなかった。大学内で開発中の小型戦車まで繰り出し、入り口を塞いだため、警察の手に負えなくなり、ついには政府が自衛隊に出動命令を出した。


 陸上自衛隊や、空自の出動による睨み合いが何日間か続いた。大学構内にあたる「領空」を通る、いかなる航空機も侵犯対象になると、上空を偵察する自衛隊機はすべて、地対空ミサイルのロックに遭った。


 そして、ついに大学側の明確なメッセージを日本政府に伝える出来事が起きた。


 2024年4月10日に、近距離ミサイルを構内から発射したのだ。目標は国会議事堂。


 ミサイル発射後数分で、議事堂上空に達した。自衛隊は為す術もなかったが、目標わずか200メートル上空で自爆した。幸いにも死傷者はなかった。


 この事件以降、政府は自衛隊を引き上げ、大学の存在自体や違法性などを正式には認めないものの、不干渉という態度を取ることで、とりあえずの問題を棚上げした。政府がいつもやっていることだ。


 それから大学は、急速に軍需産業へ傾注し、その基礎技術を研究する巨大機関となった。他にも学部はあるが、各部は企業と連携し、利益優先型の、商材に直結するような研究に主体を置いた。大学自身で運営できる収益を上げているので、国からの補助金は一切受けていない。それ故、大学は「国立」という冠を外してしまった。


「お前はここへ何しに来た?」


 海老原は冷たい鉄パイプでできたベッドに横たわり、あくびをしながら尋ねた。


「任務内容に、クライアントの事情には深く立ち入らない、という条項はありませんでしたか?」


「ドローンに撃墜されかけたんだぞ? しかもこの大学で地対空ミサイルにもロックされかけた。オレはこの任務のために、捨て石になるところだった」


「いや、最高のパイロット技術でしたよ」


「過去形か」


 ドローンの方もけっきょくお前が巻いたんじゃねえかよ、と毒づいた。


「宇宙飛行士の試験に落ちて、五十代のロートルパイロットに待っていたのは、B型最新鋭機の転機命令だった。おかしいと思ったよ」


「え? 宇宙飛行士を目指していたんですか?」意外だった。


「JAXAで訓練を続けてきた。だが、最終選考で落とされた。僅差でな」


「僅差とは?」


「俺よりたった一歳、年下の男が合格した」


 選考結果の過程についてはよく分からないが、自身の不合格を納得させるには、それくらいしか材料がなかったのだろうか。


「今なら金さえ出せば、いくらでも宇宙へ行けるでしょ?」


 戦闘機の何倍もの出力のあるジェットエンジンを搭載したスペースプレーンは、それこそたくさんある。まだまだ金持ちが行く旅行だが、数百万出せば、一、二時間の宇宙旅行は体験できるはずだ。


「旅行が目的じゃねえ。自分の操縦技術で行きたかっただけだ」


「それなら、機体ごとチャーターすれば良いでしょ」


「そういう問題じゃねえ。それに一機チャーターするには、25万ドルくらいかかる」


「一応調べたんだ?」


 桐生は少し笑って言えば、彼は不機嫌そうに言った。


「そんな最高のパイロットが、エスコートしてやったんだ。光栄に思え」


「イエッサー」


 海老原は、ふんと不機嫌そうに鼻をならして、壁の方にひっくり返った。


 桐生は、ふとその海老原の背中を見て、こんな腹を割って話しをする人に、ふと、自分の持っている秘密を共有したくなった。


 桐生はその背中に向けて言った。


「実は、神様がいるという証拠を握った人物が、この大学にいるんですよ」


「今度はなんのジョークだ?」


 海老原は苦笑いをしながら振り返った。


「その人間を殺せ、と命じられました」


 その証拠にと、桐生は履いていた革靴から、かかと部分を外し、そこから〇.二五口径のベビーピストルを取り出した。


 海老原はそれを見て眉一つ動かさずに言った。


「ほう。俺にその片棒を担がせたわけだ」


「兵士というのは、人を殺すために存在しているのでは? それに仮想敵でしょ。ここの住人は」


「俺は自衛官だ。兵士ではない。国民の命を守るためにいる。自治大学については政府が不干渉としただけで、中にいる人間は、日本国民であることに変わりはない。ここの人間が、俺を仮想敵として思うのは勝手だがな」


 自衛官として鑑のような人だと思った。信頼のおける兵士。つまりは、桐生とは真逆の人間であるということだ。


「でも迷っています」


「迷ってる? 無辜の市民を殺害する是非は置いといても、命令違反じゃねえのか」


「そうですか? Aラインを突破せよ、と命じられたが、思わぬ大量重火器の面圧力で突破できない。全滅は不可避。そんなときでも、あなたは命令を優先するんですか?」


「俺だったら隊長に撤退を具申する」


「何らかの問題で連絡が途絶えていたとしたら?」


「まあ、自分自身で腹をくくるしかねえわな」


 彼の場合は、命を顧みず突っ込む方を選択するかもしれない。


 ここで、桐生はハッとした。


 どうしてドローンの急襲を受けたのか————また、それを命じたのは誰か————


「そもそもお前さんは何者なんだ?」海老原は聞いた。


「ここから出たい。協力してくれませんか?」


「お前が知っていることをすべて話せば、協力してやってもいい。どの道、俺もこのままいけば、ブタ箱行きだ」


 そして海老原は静かな声でもう一度、念をおすように言った。


「でももう嘘は無しだ」

「第4章 乱数」へ続きます。

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