第35章 独立記念日
どれくらいの時間が経ったろうか。桐生はしばらく宇宙空間を漂い、ただ、足元に見える美しい地球を眺めていた。先ほどまで滞在していたISSはもはや豆粒大の大きさにしか見えなかった。
この宇宙————ひいては地球、人類は、消えなかった。マヌケなアーキテクトの管理する、数ある並行世界から抜け出し、独り立ちしたというのだろうか。
そして、これから神のいないこの世界の変数には、どのような値が書き込まれるのだろうか。
レシーバーからは懐かしい声が飛び込んできた。
《おい、桐生! 生きてるか! 助けに来たぞ》
海老原は、有理の発表が無事終わったことを告げた。全世界へメタフィルターのかからない状態から、その衝撃的な発表は一瞬で伝わったそうだ。大いに物議を醸した。徳丸省吾の論文も、彼女が発表した内容に紐付く形で、東京大学の研究者が、あの彼女が発表した場から、再掲したようで、さらにまたそれも大きな話題になっているようだ。
それよりも、これだけの、快適なインターネットを利用可能になったのは久しぶりだという人ばかりだった、と海老原はレシーバーへ語りかけてきた。
《すべてはお前の目論みどおりさ》
桐生は、海老原の操る飛行機に助けられるだろう。でももし万が一の事故で、この大気圏を抜けられずに燃え尽きたらどうなるだろうか?
あるいは桐生は、海老原に、いま漂っている正確な位置座標を伝えられず、一人のまま宇宙空間を漂い続けたらどうなるだろうか?
俺は助けに来てくれた船に乗るかもしれない。あるいは、乗らないかもしれない。
でもこのまま酸素が切れるまで、意識がなくなるその瞬間まで、美しい地球を眺めていることだって選択できるはずだ。
その決定はいま、桐生の中に半々で存在していた。
今は、この美しい地球をいつまでも眺めていたいと思っていた。




