第34章 殉教者
大河内有理が気づいたときには、あのアンリ・ペネクスという男が、真ん中の通路をゆっくりと歩いてきていた。スーツを着て、プレスの腕章をしていたので、最初はまったく気がつかなかった。
やがて懐から、拳銃を取り出した。
「あっ・・・・」と声を漏らすだけで、有理はその場から動けなくなった。
すべてがスローモーションになって見えた。
有理は悲鳴を上げた。
講堂の最後列の壁で見守っていたウィルも、その事態に気づき、腰から銃を取り出し、人垣を掻き分けるように、中央まで来た。
まさか、そこでローマ教皇が最前列の席から立ち上がり、身を挺して下さるとは思いもよらなかった。だが、彼を警備する人たちが、咄嗟に教皇に覆い被さった。
アンリはニヤリと笑った。
彼は全員を撃つつもりだ————
有理は死を覚悟した。
ようやく通路の真ん中まで、ウィルが来て、銃を彼に向けた。でも間に合わない————
そう思ったとき、男は、銃を取り落とした。
そして、意味不明なわめき声を発した。
「頭がぁ・・・・頭がぁ・・・・消えた! 消えた!」
その場に頭を抱え込み、大きな身体が崩れた。
「私の脳みそから出て行く! 出て行く!」
何を言っているのかよく分からなかっただけに、気味が悪かった。
「こんな量のデータ・・・・ううぁわぁぁ・・・・私だけじゃ・・・・処理できない!」
そう悶絶しながら叫ぶと、その場に倒れ、やがては動かなくなった。
背後から銃を構えて近づいていたウィルが、男のところまで行って、首筋に手をやると、有理に向かって首を振った。そのまま絶命したようだった。
「第35章 独立記念日」へ続きます。




