第29章 宇宙人からの信号
海老原が、待ち合わせの時間に渋谷道玄坂途中にある新しいワッフルのお店の前に来たとき、「本日は貸し切りのため休業いたします」といった張り紙がされていて憤慨した。
「予約していたはずだ」
そう言って扉を開ければ、そこには、すでにハリエット・ジョンソンが、ラフなジーンズとジャケットという姿で座っていた。
「久しぶり」そう挨拶すると、海老原は訝しがった。
「貸し切りとはどういうことだ?」
そこへ店主が出てきたので、問いただせば、貸し切りなど本来ならやらないが、一週間分の売り上げ相当のお金が振り込まれ、その人から懇願されたということだった。
だから、今日注文したワッフルの代金も、その方からの奢りです、と説明した。
海老原は、首を傾げるばかりだったが、ハリーの前に座って、いつものアイスクリーム、イチゴジャム、チョコレート、バナナなど各種トッピングの全部盛りを頼んだ。ハリーは、ワッフルを三枚と、チョコレートだけというシンプルな組み合わせを選んだ。いつも通りだ。
「心当たりがあるとすれば、桐生游輔という男だ」
海老原がそう言えば、ハリーは、
「これで借りを返したつもりだと思われたら困るな」
そうハリーが言ったので、海老原も言った。
「そうだ。俺なんか謹慎処分だぜ。外出はかろうじて許されたが、常に監視付きだ。今も、店の外にいるだろう。でも貸し切りのお陰で、ヤツが入って来られないのは都合がいい」
「俺もしばらくは艦に乗れないし、本国にも帰れない。強制的に船を下ろされて、日本で休暇を取れと言われたよ」
海老原は、桐生との一連のやりとり、自治大学から戦闘機を渡して、ハリーの艦へ向かわせたことを説明した。
「ところが、先日ヤツが乗っていったF-35が無人の自動操縦で、千歳空港へ着陸した。損傷もそれほどなく、キャノピーにはヒビが入っていた程度で、メンディングテープで止められていたけどな」
「律儀な野郎だな。キャノピーの修理はおそらく俺の部下がやったものだろう」
「それだけじゃない。その機体から取り出されたボイスレコーダーは書き換えられていた。どういうわけか、俺がヤツに銃を突きつけられて、無理やり操縦を譲ったことになっていた」
「どういうことだ? 音声が偽物だっていうのか?」
「ああ、そうだ。まるで本当に俺が喋っているようで薄気味悪かったよ」
ハリーは、急襲揚陸艦アメリカへのドローンによる攻撃、その直後の軍用ヘリでの急襲などの話をして、こちら側には死傷者は出なかったが、艦の被害は少なからずあったことなどを説明した。
「ところが、日本へ寄港すれば、FBIでもなく、CIAでもなく、本国のアルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局だと名乗る人間たちが捜査に入ってきて、事情聴取や現場検証っていって、しばらく艦から降りられなかった」
「なんでよりによってATFが?」
「知らん」ハリーは肩をすくめて言った。
「ドローンがアメリカのものでなく、他国のものだったということか?」
「それもちがう。ヤツらは、ズカズカと入ってきて、俺も含めて部下への事情聴取、急襲してきた遺体の確認、艦の被害状況、交戦記録などのデータを洗いざらい持って行ったが、いざ艦を下ろされると、そんな急襲劇はなかったことになっていた。敵の死体も雲散霧消だ」
海老原が「どういうことだ?」と顔を顰めれば、ハリーは続けて言った。
「不思議なことにレーダーにも、通信記録にも、その痕跡は残っていなかった」
「まるで俺と同じだな」
「でもな、艦上で戦って、射殺した兵士のワッペンを剥ぎ取り、自分のコレクションに加えようとしていた部下がいてね。そつから取り上げてきたのがこれだ」
ハリーが懐から取り出したのは、軍隊の腕章だった。だが、そこには勇ましい鷲であるとか、牙を剥きだした鮫であるとか、そういったモチーフの図案ではなく、真っ白の下地に、黒い点がビッシリと刺繍されていた。
「モールスか?」
「初めは俺もそう思った。だが、まったく意味をなさない。英語やその他の言語のモールス信号も調べてもらったが、どれも意味を抽出できなかった」
「トン・ツーではないのか・・・・二種類の記号・・・・」
「二進法か!」二人の声が揃った。
ハリーは興奮した面持ちで、俺の義理の娘が研究者でね。宇宙物理学の研究をしている。連絡してみようと、その場で写真を撮り、経緯をメールに書いて送信した。
程なくして、すぐに映像と音声による通話がかかってきた。
「さすが研究所に勤めているだけあるな。映像付きの通話とは」
ハリーのタブレットに映像が映し出された。
「お久しぶりです。お義理父さん」
相手はずいぶんくつろいだ雰囲気だ。自宅だろうか。
女性は、いまちょうど、研究所から帰ってきたところです、と言った。
「あ、すまん。すっかり時差のことを忘れていた」
「いえ、大丈夫ですよ。いま、ジェームズと晩酌するところです」
「ジェームズ。しっかりやっているか」
その瞬間だけは、威厳のある父親の声で言った。
チラリとジェームズだと思われる若い男が、顔を出してすぐに引っ込むと、親指を立てた拳を見せた。
「うちのバカ息子は本当に大丈夫かい?」
「ええ、私には優しいです。でも大統領特別補佐官としては向いていないかもしれませんわ」
「何かやらかしたのか? ジェームズ」また語気が荒くなった。
「大統領から直接呼び出しを受けて、苦言を頂戴したとかで」
ハリーは頭を抱えたが、シャーロットは優しい声で、画面からフォローした。
「大丈夫。ある意味、大統領に認められている証ですわ」
今度また何かやらかしたら、海兵隊からやり直しさせてやる、と吐き捨てた。
「ところで、先ほど送った画像なんだが」
「すぐにピンと来ました。中性子星の位置座標を表しています」
「パルサー?」
「星が超新星爆発を起こした後に残る中性子で出来た星のことです。まあ、細かい話は省きますけど、規則的に一定のパルスを放っている星で、〝宇宙の灯台〟とも異名があるくらい。そして、その数あるパルサーの内の三つの位置座標を表していると思われます」
「思われます?」
「二つのパルサーはすでに観測されていますが、もう一つは未発見らしいです。急いで私の知り合いを通して、パルサー観測・研究チームに連絡を取っているところですけど、これが発見されれば、地球上の誰も知らなかった事実を知っているということになりますね。これをくれたのは、宇宙人?」
「知らないよ。困惑しているのはこっちだ。メン・イン・ブラックか、ツイン・ピークスからデイル・クーパーを呼んでくれ」
「喩えが古すぎやしないか?」海老原が苦笑すれば、
「ツイン・ピークスは、2017年に続編も作られている。見てないのか?」ハリーは反論した。
「三つのパルサーは何を表しているんです?」
今度は、海老原が横から聞けば、彼女は答えた。
「この宇宙における私たちの〝地球〟のおおよその位置座標。GPSの仕組みと一緒で、三点が定まれば、正確な位置座標を出せます。GPS衛星が、中性子星に置き換わっただけで」
「なんだって?」ハリーがまた驚いた。
「だから、宇宙人の仕業?って聞いたのよ」
それと、1972年に打ち上げられ、いろいろな場所へ送り込まれた「パイオニア」探査機にも、地球外生命体に遭遇することを考え、二進法で、十四個のパルサーの位置座標が記された金属板が搭載されている、ということも説明してくれた。やはり、それもいずれかのパルサーを観測できれば、その相対座標から、おおよその地球の場所が分かるという仕組みになっているようだ。
彼女は、まるでそれに似ていると言った。
「じゃあ、すまんが、何か進展があれば連絡してくれ」
「分かりました」
そういって、ハリーは「おやすみ」と言って、通話を閉じた。
海老原は久しぶりに宇宙に心を馳せた。もし合格していたなら、今頃は訓練が順調に進み、宇宙飛行士としてISSで任務を遂行していたかもしれない。
そこへいそいそと、先ほどの若い店主がやってきた。
「実は、先ほどの貸し切りをされてきたお客様から伝言を預かっておりまして・・・・」
そう言って、彼はスマートウォッチをかざしたので、海老原は新しく買ったばかりのリープ・フロッギング機能付きスマートウォッチを上に重ねた。ピピッという電子音がして、海老原が受け取ったメッセージを見て驚きの声を上げた。
「おいおい、冗談だろ」
「どうした?」
「メッセージは桐生からだ。この店の貸し切りもやっぱりヤツの仕業だ。それと・・・・」
そう言って、海老原はハリーに腕時計を見せた。
「俺のスマートウォッチに二十五万ドル振り込んできやがった」
「二十五万ドルだって?」ハリーが驚きの声を上げた。
「添えられているメッセージは、こうだ。〝ISS Apocalypse Now!〟」
まさか————国際宇宙ステーションだと?
桐生は、どうやってそこへ行ったのか。
「また彼に貸しが増えるな。おそらく永遠に回収不可能だ」
「いや、俺が宇宙に行きたがっていたのをヤツに話した」
「どうかな? いずれにせよ、また何かトラブルに巻き込まれるぞ」
「もうすでに俺たちは巻き込まれている」
そう言って海老原が笑えば、ハリーも笑った。
「第30章 ISS」へ続きます。




