第23章 再襲
大河内有理は車窓から射し込む陽の光で、目を覚ました。昨日は大いにビールを楽しんだが、酔いつぶれるほどではなかった。だからこそ、桐生とベッドを共にしたことを後悔した。
昨晩あれだけ探した結婚指輪は、窓際に毎日シベリア鉄道のスタッフが送り届けてくれる小さな花瓶の中に、沈められていた。
有理は花瓶から水を床にぶちまけて、その指輪を手にしたが、昨夜の桐生の言葉を思い出し、左手薬指にその指輪をはめることに躊躇した。とりあえずコートの内ポケット、ファスナーの付いたところにしっかりと収めた。
そこへあの親切な車掌がノックをして入ってきた。床に水浸しになっているのを見たので、
「すみません、花瓶を倒してしまって」
「いいえ、大丈夫ですよ。すぐに係の者に片付けさせましょう。昨夜はずいぶんお飲みになったようですね」
有理はハッとして部屋の中の匂いを嗅いだ。何だか気恥ずかしくなったが、車掌は優しい口調でこう提案した。
「私たち乗務員が使うシャワーがあるのですが、お使いになりますか?」
有理はその提案を喜んで受け入れ、その間に部屋のベッドメイキングをお願いすることにした。
シャワーボックスに入って、蛇口を捻ると思っていたよりも強い水流で、温かなお湯が噴き出した。それを頭からかぶって、しばらく全身の感覚を研ぎ澄ませた。昨夜、桐生に抱かれた圧力と、感触が蘇ってくるようだ。久しぶりに感じる、他人の体の体温に酔いしれた。そして安心感をもらったような気がした。
徳丸省吾も思い出した。有理が思い浮かべる彼の顔はいつも笑っている。突如として湧き上がってくる罪悪感が、胸をちくりと刺していく。それは強い水流のシャワーでも洗い流せないくらいの痛みと重さだったが、徳丸は心の中でいつまでも笑顔のままでいた。有理はシャワーを浴びながら号泣した。これくらいの嗚咽なら、シャワーの音で外へは伝わるまい。
そして、すっかり体が温まって、シャワー室を出ると、廊下突き当たりの正面に、見覚えのある大きな男が立っていた。
「え?・・・・」
右手には朱色に塗られた氷斧をぶらぶらと揺らしていた。刃先には鮮血が滴っていた。車掌室から、誰かが倒れており、二つの足を覗かしているのが見えた。おそらくあの親切にしてくれた車掌だと思った。
有理は一気に体が冷えていくのを感じた。
彼は、あの南極で行方不明になっていた、アンリ・ペネクス。片山教授を殺した犯人だった。
「第24章 逆転」へ続きます。




