第19章 未知の部隊
機体から下りた桐生と有理は、ガタイのいい海兵隊員に前と後ろを挟まれるようにして、艦橋へと案内してくれた。長くて狭い管が複雑に入り組んだ廊下をずいぶんと歩かされた。
すれちがう艦内の隊員たちが、スーツ姿の東洋人と、大きな箱を抱えた女性を奇異な目で振り返った。こんな夜更けに、しかも最新鋭機で降りてきてまで、何をしに来たのかと不思議がるのも仕方がない。
レーダーやスクリーンの光が天井に反射した、薄暗いLED照明の部屋に入った。中央の少し高い段差のある椅子に座っていた長身の男性が、ゆっくりと立ち上がると、桐生に近づき、握手を求めてきた。
桐生は自己紹介をすると、彼はよく通る声で、いわゆる典型的なワスプの発音で返した。
「私は艦長のハリエット・ジョンソンだ」
そう言ってハリーは、大河内有理の方を見た。
「彼女は、日本の大学の研究者です」
「爆発はしないだろうね?」
一瞬、先ほど有理が離していたカンブリア紀爆発のことを言っているのかと勘違いしたが、彼女が大事そうに抱えている荷物を指しているようだった。
「ええ、もちろん。そういったものではありません」
「こういうとき、映画やサスペンスではたいがい、核弾頭だとか、生物兵器だったりするものだからね」
そういってハリーはおどけて見せ、それ以上の詮索をしなかったが、続けて言った。
「そして、その映画の主人公が君だとするならば、手助けをする脇役たちは、たいてい危険な目に遭う」
おっと————あまりウェルカムでない空気になってきた。そう言われてみれば、このブリッジ内には、先ほどからピリピリした雰囲気が充満している。
「我々はいま隠密行動訓練中でね。外部との連絡を絶っている」
なるほど————空気が悪いのは、そこへ招かれざる客が来たからか。
「それと君たちが到着してすぐに、ここからおよそ100マイル先の海上に、識別信号不明機を二機確認した。こちらに向かっている。先ほどから無線で呼びかけているが応答がない」
「え?」
おそらく京は、海老原にある過去のビッグデータから、またお得意の「計算式」でも立てて、ここ、海老原の戦友が乗艦する船の位置を割り出したのだろうか。
「これは君の追っ手か? それとも我が軍の敵か?」
「どちらの味方でないことはたしかです」
桐生は、そいつらが京の差し金かによるものかは、現時点では分からないのでそう答えた。
「エビハラが君に合い言葉を教えるとは相当の事情がある。どんな助けが必要だ」
「とりあえず着艦したばかりの機体に燃料を満タンに」
彼は「オーケー」と頷くと、近くの受話器を取り、整備員へ命令を出した。
その直後、艦橋内で別のクルーが叫ぶように、報告が上がった。
「左舷! 九時方向に無人航空機!」
バンと大きな音を立てて艦橋のガラスが吹き飛んだ。咄嗟に、有理を床に倒し、覆い被さった。その後も、バリバリという連続音がして、艦橋のアチコチで火花が散った。無人機が搭載しているガトリング銃を舐めるように、撃ち込んで行ったのだろう。
「くそったれ! 応戦しろ!」
艦長とは思えない言葉で命令を下した。
「こいつは、おそらくヨコスカに帰港中の空母ロナルド・レーガンから来た、海軍所属のドローンだ」
横須賀からはかなり距離があるはずだ。ドローンは、帰りの燃料を気にせず特攻するつもりで来たということか? まあ、無人だからかまわないのだろうが、使い捨てにするほど値段は安くはない。
「友軍から攻撃を受けている!」
ハリーは、受話器に向かって叫んだ。本国の司令部にでも確認しているだろう。
桐生が低い態勢から、外を窺うと、二機のドローンが艦を取り巻くように旋回し、やがてタンデムローターの軍用ヘリが接近し、甲板上で着艦せず、ホバリングした。次に扉が開くと、武装した兵士たちが次々とロープを投げ出し、ラペリング降下してきた。
「重要人物を匿っているだと? 警告無しに、いきなり攻撃はねえだろ!」
ハリーはもはや艦長とは思えない、四文字言葉を連発した。
「これは大統領命令か? 重要人物なら、まず引き渡せと命じるはずだ!」
ついには「知るか!」と言って、受話器を壁に叩きつけた。
「筋が通らない命令は、クソ喰らえだ。俺らはアメリカ軍の兵士であって、脳無しロボットじゃねえ」
桐生は、まるでアメリカ版、海老原一尉だな、と思った。
「ところで、彼とワッフルを食べる日はいつです?」
「お前、バカか? こんな状況で、ワッフルなんかどうだっていい!」
周囲の士官たちから失笑が漏れた。
「エビハラから聞いたのか?」
桐生は、リープ・フロッギング機能付き腕時計を外して言った。
「これがないと、彼との約束の時間が分からないと思いまして」
「気遣いはいらん! すでに店の予約は取ってある」
ハリーは、海老原の時計を突き返すと、
「それに彼が、君にあげたものだろう? 受け取っておくべきだ。それに彼はもう新しいのを買っているよ。さっそくアドレス変更の知らせが来た」
そういって、ハリー艦長は同じ型で、色違いのブルーバンドの腕時計を見せた。EBIHARAという差出人の名前が表示された下には、絵文字がふんだんに使われたメッセージがあった。ハリーの腕時計からは、海老原が指定したのか「イッツ・ア・スモールワールド」BGMが流れた。この地獄の黙示録の真っ只中では、到底似つかわしくない曲が艦橋に響き渡った。
とりあえず現時点で、彼の無事が確認できたのは良かった。
「補給は終わったようだ。我々にかまわず行け!」
ハリーはそう言ってから、自動小銃を桐生に手渡した。
背中を押されるように艦橋を出ると、あちこちで、発砲音が聞こえた。誘導してくれた隊員がうまいこと、侵入者と鉢合わせることなく辿ってくれ、甲板上へ出ることができた。
まだヘリの陰になって、敵兵がいたが、威嚇射撃で足止めした。腰が抜けたように足元の覚束ない有理を連れ、どうにか乗ってきた機体まで走った。
そこには誘導員がコックピットへ梯子をかけて待っていた。断続的に、艦の内外で発砲音が響き渡った。こちらに気づいた敵兵が近づいてきたが、もれなく艦橋から狙撃してくれた。目の前でバタバタと人が倒れていく光景に、有理は尻すぼみになったが、どうにか後部座席へ押し込み、桐生も操縦席に入った。
桐生が座る操縦席まで梯子で隊員が上がって来た。ずいぶんと若い。高校を出てすぐに海兵隊へ志願して入った、という雰囲気だが、こんな状況で物怖じもせず言った。
「キャノピーに一発食ってね。ひび割れまでは直す時間がなかった。とりあえずメンディングテープで塞いどいたけど」
見ればあの灰色のテープで塞がれていた。さすがはアメリカ。戦闘機の破損箇所を急ぎで修復するとき、メンディングテープで部品をつなぎ合わせて飛ばしたとか、都市伝説の類いとして聞いていたが、本当にそれをやってくれるとは。古い木造モルタル住宅の壁を補強したかのような貧相さが、最新鋭機にまったくそぐわなかった。
「ところでいったい何をやらかしたんだい?」
「後部座席にいる女性をエスコートしろって言われただけだよ」
肝心の彼女はヘルメットごと頭を抱え込んで伏せていた。その方が流れ弾に当たることもない。安心だ。
「ダスティン・ホフマンを思い出すね。よっぽど大事な花嫁なんだろう」
桐生は笑った。こんな状況でよくそんな冗談が言えるものだ。さすがはアメリカ海兵隊。
「ヤツらは海兵隊でも、海軍でもないね」彼は叫ぶようにして言った。
「なぜわかる?」
「ワッペンに見覚えがない。俺は腕章コレクターでね。我が軍のは、陸海空問わず全部持っている」
「どういう意味だ?」
「やつらは、アメリカ軍を装った偽物だ。あるいは我が国が極秘にしている部隊か。それなら、ぜひとも彼らのレアな腕章をゲットして、コレクターブックに収めなくちゃ」
彼はにこやかにそう言ったあと、機体を叩いた。
「燃料は満タン。艦長のおごりで、機関砲ポッドの弾の補給と、兵倉も空っぽだったから、空対空ミサイルも二本、オマケで入れといた」
「おいおい。戦争しに行くわけじゃないぜ」
「この惨状が、戦争じゃないとでも?」
「たしかにその通り」
桐生はガトリング砲を発射して、目の前に現れたヘリの装甲に、二十五ミリ弾の穴をうがった。機体は爆発して炎上した。
そのマーシャラーは騒音の中でも通る、小気味良い口笛を吹いた。
桐生は彼へ持っていた小銃を渡した。
「悪いけど、後片付けをよろしく」
「オーケー。任せな」
「撃てるか?」
「おいおい、俺も訓練を受けた海兵隊員でね。民間人じゃあない」
そう言うと、彼は戦闘機を離れ、親指を立てて手を振った。行け、というハンドサインだ。
彼は炎上するヘリから這い出してきたパイロットをすかさず射殺した。見事な腕前だ。
桐生はキャノピーを閉めると、ヘルメットのバイザーに映し出されるエンジン出力を見ながら、垂直離陸の態勢に入った。
その刹那、警告音が響き渡った。
九時方向から二機のドローンが接近し、桐生の機体をロックしたとの警告だ。スピードのないこの離陸時に狙われるとは厄介だ。
垂直上昇中は「的」が宙で止まっているのと同じだ。
やべぇ————
そう呟いたとき、近づいてきたドローンがフラフラとした航跡を描いてクロスし、そのまま海上へ頭から突っ込んで大破した。
「なに?」
一瞬、何が起こったのかよく分からなかった。
《ドローンってGPS頼りなんでしょう?》
突然、後部座席に座っていたはずの大河内有理が、ヘルメット越しの無線で聞いてきた。
《地表付近のGPS信号は非常に弱くて、そのフラックス密度はとても小さいの》
「もう少し分かりやすく言ってくれないか?」と桐生が苦笑すれば、
《フラックス密度というのは、信号強度を表す指標。で、その密度は、2万2000キロメートル離れた50ワット電球の光と同程度しかないの》
「つまりは、ハッキングしたということか」
《いえ。ノートパソコンから、正規の信号を偽の信号に入れ替えるスプーフィングを実行しただけ》
ハックと何も変わらないと思いつつ言った。
「そんな簡単な方法でハックできるなんて知らなかったよ。逆に利用者としては怖くなるな」
《アメリカではすでに、2030年には空を飛んでいる無人機が3万機以上になったそうね。雷に打たれる確率より、ドローンの墜落に巻き込まれる確率の方が高そう》
この状況下でよくそんな豆知識を披露できるものだ。桐生に言わせるなら、今現在、その両方の確率よりも、送り込まれた刺客にやられる確率の方が高い。
さらにレーダーに、二機の機影を見た。今度は十二時方向、正面だ。
機体の大きさと速度から、最初に着艦した大型ヘリの追加分だろう。今度は、桐生の方に分があった。すかさず兵倉にある空対空ミサイルをロックした。ウェポンベイが開く振動が座席まで伝わった。
躊躇なく発射した。一瞬、目の前が真っ白になった。発射した二本のミサイルの航跡煙で見えなくなった。機体に発射の衝撃はあったが、程なくして安定した。そのまま続けて上昇飛行に転じた。さすがは優秀な操縦AIを搭載しているだけある。
ドンという大きな音とともに、閃光があった。ターゲットを撃墜したようだ。
『ありがとう。助かったよ』
艦長からの通信だった。
「いえ、こちらこそ。とんだ厄介事を持ち込んでしまった」
《まあ、艦内の残党は片付きつつある》
「それはすごい」
《どういう意味だ? この程度の人数で、艦を乗っ取ろうなんて舐めているにも程がある。海兵隊こそ、アメリカ最強だ》
「この借りは、エビハラでなく私にツケといてください」
《そのつもりだ。幸運を祈る》
「貴艦も」
とはいえ、しばらく旋回し、もう一機、甲板に着陸しようとしたヘリを掃射した。
せっかくの艦長からの差し入れはすべて、この艦の防衛に使ってしまった。
まあ、物騒なものをこのまま抱えて行くよりは、ここで使うのが正当な使い途だろう。
レーダーに他の機影は見当たらなかった。艦を離れようと機体をを大きく傾けたとき、甲板の舳先に、一人のスーツ姿の男がこちらを見ていた。
まさか、京か?————
桐生はその人物を詳しく確認することなく、スロットルレバーを倒して、艦を全速力で離脱した。機影がレーダーに映らない今、この機体を視認できなくすれば、その高いステルス機能は、ほぼ追跡を不可能にするはずだった。
「第20章 シベリア鉄道」へ続きます。




