第3話 初めてのデート ―①
――明side
夕焼けに照らされた教室。
窓辺に佇む10歳の少女。その後ろ姿。
赤毛のボブカットで、背が小さく華奢だ。
「――っ」
その少女の名前を呼ぶと、彼女は振り返る。
真ん丸の目に、整った顔立ち。
子役にいそうなくらいの美少女だ。
しかし、その顔は明そっくり。
まるで、今の明を5歳くらい幼くしたような外見だった。
こちらを捉えるなり、その少女の顔が一瞬にして歪んだ。
――恐怖、嫌悪、拒絶。
様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざりあった表情。
そして一言、鋭い刃のような声音で。
「近寄らないで……っ!!」
――その瞬間、目が覚めた。
「……っ」
ベッドから飛び起き、たった今の光景は夢だったのだと認識する。
肌にべっとりと張り付く寝間着。
大雨に遭ったのではないかというほど、全身は汗で濡れていた。
「またあの夢……」
昔から何度も見る夢。
空想ではない。
過去に実際、体験した出来事……。
初めて恋をした相手の最後の記憶である。
小学校4年生の時、ボクは初めて本気で誰かを好きになりかけた。
可愛くて、優しくて、天使のような女の子。
そんな子に恋をした。
好きで、大好きで、ずっと一緒にいたくて。
感情が抑えきれず、あっという間に第4段階まで行ってしまった。
それだけではない。
第5段階の途中までも足を踏み入れてしまったのだ。
幸いその時は、彼女の言葉があまりにもショックだったことで、踏みとどまることができた。
しかし、第5段階に入りかけた時。
彼女の記憶や感情、感性、考え方。
そういったものが自分の中に流れこんでくるのを感じた。
怖かった。自分が消えていくような気がして。
しかしそれと同時に、好きな人と一体化するようで――嬉しい気持ちもあったのだ。
「……っ」
スマホのアラームが鳴った。
ちょうど起きる時間だったらしい。
アラームを止める。
スマホ画面には本日の予定『10時に駅前で待ち合わせ』の文字が。
夏休み初日の今日は、さっそく透子先輩とデートをすることになっていた。
「さすがにこんな汗だくじゃ外に出られないかな……」
寝汗がひどい。
着替えを持って一階へ降り、シャワーを浴びた。
全身の汗を洗い流して脱衣場に上がる。
浴室からの湯気で薄らと曇っていく鏡。
そこに映る少女。
かつて好きだった女の子の成長した姿だ。
第5段階へ進みかけた時、すぐさま引っ越した。
だからきっと、遠い故郷で今のボクと全く同じ顔をした少女が普通に暮らしているのだろう。
この姿になり、存在までも奪いかけた時。
彼女と自分の意識が混ざり合った時。
確かにボクは、嬉しい、と思った。
世界一好きな存在。
自分よりも好きな存在。
そんな存在になれるという欲望に、抗うことができなかった。
所詮ボクは、弱くて醜い存在だ……。
好きだった彼女から離れても、この姿は元には戻らなかった。
意識も混ざり合い、今ではどれが彼女のもので、どれが本来の自分のものだったのか分からなくなっている。
これはボクの罪の証なのか。
それともあるいは、まだ彼女に想いがあるということなのか。
何はともあれ今度こそは、あんなことにならないようにしないと。
透子先輩だけは傷つけたくないから……。
そう心に深く刻む。
ぽたり。
風呂場の天井から床へ水滴が垂れ、意識が引き戻された。
随分と考え込んでしまっていたようだ。
ふと時計に目を遣る。
「あ、やばい、ゆっくりしすぎた……っ」
余裕を持って起きたはずが、急いで準備をしないと間に合わない時間に。
ボクは急いで身体を拭いて、身支度を整えた。