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だけど、ボクには恋ができない。  作者: 烏川 さいか
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第2話 光に伸ばす手 ―②


――透子とうこside



 気が付けば、閑静かんせいな住宅街の中を歩いていた。

 家まであと10分ほどというところだ。


 どうやって学校を出たのか、どうやって電車に乗って、どうやってここまで歩いてきたのかまるで覚えてない。


 明と別れた後、ずっと思索しさくふけっていた。


 明がドッペルゲンガーで、好きになった人を消してしまうため恋ができない。

 ならば、どうやったら一緒にいられるのだろうか。何か抜け道はないか。

 ……それとも、近付かない方が明のためなのだろうか。いやそもそも、この話自体、わたしを遠ざけるための嘘という可能性はないだろうか。


 明のことなら何でも受け入れられるつもりだったんだけどな……。


 いけないいけない。

 やっぱり考えるのは苦手だ。

 思考がどんどんマイナスの方向へ進んでる。


 誰かとお喋りでもして感情をリセットしたい。

 こういう時に頼る相手は決まっている。

 それに、今日のことで一応途中報告をしておかなければと思った。


 バッグからスマホを取り出し、通話履歴の一番上をタップ。

 2コールで相手が出てくれた。


「やっほー、真帆まほちゃん」


『どうしたの、透子? 今日の報告?』


 思わず苦笑してしまう。


 いきなりストーレートだな、真帆ちゃんは。

 さすがというか。

 こういう遠慮のない関係はすごく心地いい。


「まだしっかりと結果が出てないから、今日の報告はまた今度にするよ。あんねそれよりも、もし時間空いてたらちょっと話したいなって思って。大丈夫だった?」


『あら、そうなのね。うん、私もちょうど透子とお喋りしたいなって思ってたところだから大丈夫よ』


 そこからしばらく真帆ちゃんとくだらないことを話した。

 毎週二人で楽しみにしているネットテレビ番組の話やSNSで今日話題になっていたこと、もうすぐ発売となる新作フラペチーノの話など。

 近くの公園のベンチに座り、つい長話をしてしまった。


 やっぱり真帆ちゃんとの時間は無条件で楽しい。

 つらい記憶もすぐに上書きされてしまうほどに。


 そっか、わたしも明にこんなことができたら……。


 けれど、どんなに楽しくても、明のことだけは忘れられそうになかった。

 そもそも片時かたときも忘れたくないと思っているから。


 それがわずかにでも伝わってしまったのかもしれない。

 お喋りがひと段落ついたところで、唐突に真帆ちゃんが言った。


『ねえ、何か悩んでるんでしょ?』


「え」


『ごめん、隠してるつもりなのは分かったから、言おうか悩んだんだけど。聞かない方がいいなら聞かないわよ』


「うん……ごめんね。本当はすごく話したいし相談したいんだけど、ちょっと事情がございまして」


 この悩みについて相談するには、どうしても明の秘密に触れなければいけない。

 そうするわけにはいかない。


『そういうことなら分かったわ。えっと、いらぬお節介だったかしらね。ごめんなさい』


「ううん! 気付いてくれて嬉しかった。いや~やっぱり真帆ちゃんには隠し事はできないな~」


『透子はみんなの思ってることを読み取るのが上手だけれど、私は透子の思ってることだけはちゃんと分かる自信あるんだから』


 したり顔ならぬ、したり声の真帆ちゃん。

 電話越しにも得意げな表情をしているのが感じ取れる。


「んふふ~」


『なに気持ち悪い笑い方して』


「べつにぃ~ふへへ~」


『まあ、ともかく透子なら大丈夫! あなたならどんなことでも乗り越えられるわ』


「うん、ありがとう。わたし頑張るね!」


 真帆ちゃんと話したことで、いつもの自分に戻れた気がする。

 持つべきものはやはり親友だ。


 さて、まだまだ真帆ちゃんとお喋りしたことはたくさんある。

 向こうも長期戦を望んでいるのか、ベッドに横たわるような音が聞こえてきた。


 本当に気の合ういい友を持ったな。


 声を出さずに笑い、わたしはスマホを反対の手に持ち替えた。



   ◇◇◇◇◇



「ただいまー!」


 真帆ちゃんとたっぷりお喋りをした後、さすがにもう夕飯の時間だと思い帰宅。

 玄関で靴を脱いでいると、ダイニングからお母さんが迎え出てくれた。


「おかえりなさい、もうみんな夕飯食べ始めてるわよ。手洗って席に着きなさい」


「はーい!」


 玄関に鞄を置き、洗面所で手を洗ってからダイニングへ。


 四人掛け用のダイニングテーブルには、父と弟が向かい合って座っていた。

 父は缶ビールを片手にご満悦まんえつといった様子で「おかえり」とほがらかに笑う。だが、弟はテレビに夢中で全くこちらに気付いた素振りもない。


「ただいまー!」


 わたしは食卓に並ぶメニューを見て一気にテンションが上がった。


「あ、今日ギョーザじゃん! ちゃんとわたしの分確保しておいてくれた!?」


「もう食い意地が張ってるわねー、そう言うと思ってちゃんと取っておいたわよ」


 キッチンでご飯をよそう母がクスクスと笑った。


 以前、弟にギョーザの大半を食べられ大ゲンカに発展したことがあるのだ。

 あの時は一週間に渡ってお互いに無視や嫌がらせが続き、我が家では“第一次ギョーザ戦争”と称されている。


「いただきまーす」


 食卓につき、ギョーザを一口。


「んー、美味しい~!!!」


 できてから時間が経っているため生温くなっているのに、それでも羽がパリッとしていて中から程よい肉汁が。

 やっぱりお母さんが作るギョーザは天下一品だ。


 二個三個と次々にギョーザを口に放り込んでいくわたしを見て、お父さんがにこにことする。


「透子はほんとにギョーザが好きだな」


「きっとわたし、前世はギョーザだったんだよ」


「娘の前世が誰かにまるめて食われたのかと思うと、お父さん涙出てきちゃうよ? ねえ?」


 ウソ泣きをするお父さん。

 そんなバカな会話をしているところへ、お母さんが言う。


「今日はひかるも手伝ってくれたのよ、ギョーザ作り」


「え、そうなの? ありがとね、光~!!」


 光の頭をポンポンとそっと撫でた。

 それでも彼はご飯をもぐもぐと食べながらテレビを見ていた。

 中学二年。反抗期入りたての彼は、最近素っ気ない。

 少し前まではよく一緒にゲームをしたりしていたのだが、それもなくなった。


 お母さん曰く、反抗期が過ぎたらまた昔みたいに戻るわよ、ということらしいから、それまでの辛抱だ。

 まったく、お姉ちゃんも大変だな。


 だけど、恵まれた家庭環境。この家族との時間は、かけがえのないものだと思う。

 普段はそんなこと思わないのに、どうして今日に限ってそう感じるのだろう。

 どうしていつもと変わらないこの時間が、急に愛おしく感じるのだろうか。


 ――そして第5段階……人格です。この段階をもって、ドッペルゲンガーが好きになった相手は消滅。ドッペルゲンガーも、元の自分の存在を忘れてその人に成り代わります。


 唐突に明の言葉が頭の中によみがえってきた。


 もし明と恋が発展すれば、わたしは消えてしまうかもしれない。

 そうなれば、この幸せも感じられなくなってしまうのだ。


「どうしたの、透子? 今日なんかあった?」


 お母さんが心配そうな表情をしていた。

 気付けば頬に何かが伝う感覚。

 泣いていた。


「ううん! 何でもない! ちょっと油が目に入っただけ」


 ゴシゴシと手で顔をく。

 幸い涙はすぐに収まってくれた。


「もう、おっちょこちょいね」


「えへへ」


 大切な友達。大切な家族。

 それを実感し、一つ気付けたことがあった。


 夕食の後、風呂に入って二階の自室に上がる。

 じっくり考えて答えは出た。

 いや、本当は最初から決まっていたのかもしれない。


 スマホを取り出し、明にメッセージを送ろうとすると、すでに彼女から通知が来ていた。


『先輩、さっそくですが答えがでました』


 意外だった。

 まさか明がこんなにも早く答えを出すなんて。

 もしかしてNOということだろうか。


 ううん、マイナスな考えはわたしには似合わない!


 メッセージを打ち込んで、送信。


『わたしも出たよ。明日の放課後、会おっか?』



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