第1話 11回目の告白 ―②
放課後。
特別棟一階の学祭実行委員会室。
普通の教室とは違って、中央を囲うようにして並べられた長机。
後方には背の高い書棚。そこに整理して置かれた過去の学祭に関する資料の数々。
ここで過ごした期間は短いものだが、それでもここにはたくさんの思い出がある。
委員会発足は4月、学園祭は7月上旬。
たった3ヶ月という期間のため、委員会の頻度は多めで、陽が沈むまで作業をしたりと忙しい時期などもあった。
そんな苦難を仲間と共に乗り越えてきたこの場所は、青春の記憶として深く刻まれることになるとだろう。
ここしばらくの慌しい日々や学園祭の本番や後夜祭の思い出を回顧していると、戸の開く音が聞こえた。
振り向くと、足音一つ立てずに小柄な赤毛の少女が入ってくるところだった。
「今日も呼び出してごめんね、明」
明はボブカットを揺らして首を横に振る。
「いえ……予定も何もないので」
「明」
「はい」
わたしが真剣な目で明を見ると、明も同じように返してくれた。
何度やっても緊張する。何度この気持ちを言葉に起こそうにしても難しい。
それでも伝えたい。
たとえこの想いの1割すら伝えられなくても、10回でも100回でも重ねていつかはほぼ全体が伝わってほしいから。
「明のことが好きです。初めて明を見た瞬間からどこか雰囲気が違う子だなって思ってた。それから見れば見るほどキミに興味が湧き、話せば話すほどキミに惹かれていったんだ。もっとキミを深く知りたい。もっとキミと関わりたい。だからわたしと、付き合ってください」
言い切ってから頭を下げた。
明の表情を見るのが、唇の動きを見るのが怖かったのだ。
今日断られたら諦める。
そうなれば、もう明と関わる機会はなくなってしまう。
その可能性を考えた瞬間、不安で仕方なくなったのである。
もしそうなったとしても、この想いの炎が消えてしまうことは愚か、弱まることもないだろう。
胸の内で、初めて燃え広がった感情なのだ。
荒れ狂う嵐のように激しく、灼熱の太陽のように熱い。
明に触れることも、近付くことも叶わないのに。
それでも、この想いだけはわたしの胸の奥底で暴れ続けることになるのだ。
それがわたしに耐えられるだろうか……?
わからない。
だけど、明が心からわたしを求めてくれないなら、ここでいさぎよく斬られたほうがいい。
明が幸せでなければ意味がないのだから。
ああでもやっぱり苦しいのも嫌だ。
堂々巡りをしている。
自分でも何を求めているのか分からなくなってきた。
そしてついに、高く透き通った声で答えが告げられる。
「……ごめんなさい……」
真っ先に頭に浮かんだ言葉は、ああやっぱりか、だった。
期待なんてものはなかった。
あるのは諦めと懇願。
そもそもこの告白をしてきた十一日間も、明の表情の理由が知りたかったからが一番なのだ。
だめだ、このまま下を向いてると目から涙が零れちゃう。
急いで頭を起こして笑顔を取り繕う。
気に病ませてはだめだ。
頑張って明るく振舞え。
それが今、わたしが明にできる唯一の気遣いだから。
わたしは喉の奥にぐっと力を込めて、瞼で涙をせき止めるようにして目を細めた。
「そう、だよねっ。ごめんね、11回も告白なんてしちゃって」
「本当にすみません……」
「ううん、明が謝ることじゃないよ」
一つ深呼吸をした。
すると少し落ち着いて。
力まなくても涙は零れなくなってくれた。
すると、そこでようやく明の顔をちゃんと見ることができた。
ああ……やっぱり君はその顔をするんだね。
一見すると、いつもの無表情。
しかしその中にやはり、孤独や寂しさといったものが垣間見えた。
なぜ、そんな顔をするのか。
せめて最後にその理由だけでも知りたい。
「明、どうしていつもそんな寂しそうな顔をするの?」
「え?」
「あ……」
しまった!
ダイレクトに聞きすぎた。
明が虚を突かれたように固まってしまった。
好きな人を困らせたくはないのに。
「ごめん、変なこと聞いたよね! でも、何となくというか、いつもわたしからの告白を断る時、なぜかちょっと悲しそうな顔をしてたから。わたしへの申し訳なさという悲しさじゃなくて、今にも泣き出しそうなもっとこう違うんだけど……」
ダメだ。
言葉だとうまく伝えられない。
そもそもわたしは話すのがあまり得意ではないのだ。
そんな人間に感覚的なことを正しく表現するのは難しい。
やはり明はわたしの説明を理解できたとは思えない表情で、ぼーっと遠くを見つめるような目をして自分の顔にそっと指先を触れさせる。
「ボク、そんな顔してました?」
「うん」
「そうですか、そうだったんですね……」
明は何か納得したかのように、二度三度小さく頷いていた。
自分でも何か思い至るところがあったのだろうか。
そして明は、こちらを真っ直ぐに見据えて口を開く。
「先輩のおっしゃる通りかもしれません。ボクはずっと、寂しかったんです。本当は先輩からの告白も受けたかった」
「え……」
じゃあ、どうして。
そんなわたしの心の声が聞こえたかのように明が続ける。
「だけど、どうしても先輩の告白をお受けするわけにはいかなかった。なぜなら――」
そこで明は唐突に言葉を止めた。
言おうか言うまいか悩んでいるのだろうか。
何度も深呼吸をしてから、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「今からするお話は、信じなくても結構です。ボクのことを変人だと思うかもしれません。それでもこれは、真実なんです」
明の目は不安に満ちていた。
大丈夫だよ、明。どんなことを言っても、ちゃんと受け止めるし、受け入れるから。
そう目で語りかけると、彼女は少しだけ落ち着いたようだった。
そして言う。
高く、少し震えた声で。
明の秘密を。
「先輩、ボクは実は……ボクはドッペルゲンガーなんです」